紙入

紙入れとは、紙幣を入れる財布ことです。これは敗戦後の混乱期に和服の需要が無く、仕事が出来ない時に、アメリカ軍人のおみやげとして、日本橋三越の依頼を受けて、父が製作したものです。

我が家は三代続く、屋号を(縫岩)という江戸刺繍を家業にする家柄。その二代目の祖父が岩次郎という名で、縫い屋の岩さんと呼ばれていた。明治時代に日本橋三越専属の職先になる時、屋号が必要ということで、その名をとり縫岩と名づけたと聞く。戦前は三越の呉服のオーダーメードを、一手に引き受けていたので、大そう羽振りが良かったそうだ。

三代目であった父は家業を継ぐために、5歳の時から森青山という日本画家に絵を習っていた。絵が好きなので一時は、日本画家を目指したが、東京美術学校に入る前年、祖父が急死したので、やむなく15歳で家業を継いで、親方になった。

それでも芸術の道をあきらめきれなかった父は、家業を続けながら、日本刺繍で作品を作り、工芸の部門で帝展、今の日展の作家になって行く。同期に同じ三越の職先の息子で、日本刺繍で日展の審査員になった、平野利太郎さんがいる。しかし父は日展の会員になる直前の50歳のときに肺結核を患い、作家の道をあきらめた。なんだかついてない。この父を私は敬意をこめて、不出世の天才と呼んでいる。

このブログでも今後、父の作品もあわせて紹介していくので、皆さんも期待していてください。なにしろ素晴らしいです。

戦争に負けて全てを失った日本は、一時こんな物しか、輸出する物がなかったのです。

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