茶飲み話・人生論

 

「人生とは何か?」「人はいかに生きるべきか?」この問いは私が青春時代に脳裏から離さずにいた課題である。でも最近このフレーズを再び考える事が多くなった。なにしろ三年後にはシンギュラリティと言われるAIが人類の知能を追い越す時代に突入するのだ。そして新たに登場するAGIすなわち汎用AIは。今までのような人間の一部の能力を代替するだけではなく、全ての思考力を持つ人間同等のAIが登場する。

彼らは人間以上の速度で考え、24時間働き、賃金も要求しないし間違えもない。そうなれば経営者であれば、だれが好き好んで人間など雇うのであろうか?最近日本ではタクシー運転手不足でタクシー会社が倒産していると聞く。でもすでにアメリカや中国では無人タクシーが公道を走り回っている。日本では道も狭く安全が確保できないので導入が遅れている。しかし早晩日本でもロボタクシーが登場することになる。

このようにして人々が雇用市場から撤退すると多くの人たちが職を失っていく。でも一部の人は産業革命当時のように新しい職種が登場するので失業者が増えることはないというが、わたしはロボットがロボットを作る現代には当てはまらないと思っている。すでにアメリカではAI革命により、失業者が増加しており国で賃金を給付するベーシックインカムの制度が検討され始めた。

私はこれから数年間はあらゆる分野で大混乱の時代が来ると思っている。2030年代になると未来の輪郭がはっきり見えてくると思う。徐々に人類は労働から解放され、好きな事をして生きられるようになる。ギリシャ時代には労働は奴隷が行ったので市民は自由に生きていた。そのため文化は花開き、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの偉大な哲学者が誕生した。

われわれの青春時代は哲学を語る若者も少なくなかったが、今では哲学など流行らない。生きるのが忙しすぎて自身の人生など俯瞰する暇がないのだ。でも人間は労働から解放されると「生きる意味」を見い出しにくくなる。社会に何も貢献しないで人生の充足感を得には百年以上は長すぎる。(来るべきAI時代こそ人生とは何か?を自問自答すべきだと思う..。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

茶飲み話・イトオカシ

 

イトオカシとは清少納言の枕草子で多用された言葉で一言でいうと「とても趣深い」という意味である。でも趣深いとはいったいどのような状態であるのかの説明も非常に難しい。なんとなく感覚では分かるが個々人の感性も異なるので、受け取る側によって答えは一律ではない。でもこのような曖昧模糊とした感性こそが日本人の美意識の根底に潜む、他国にはない価値観ではないのかと思う。

日本人は欧米人と違い論理的でないと言われてきた。「イエス、ノウ」もはっきり言わずに、何を考えているのか分かりにくいとされた。ディベートも嫌いで「白黒つけない」でなるたけ摩擦を避ける文化だ。これは古来から続く日本の宗教である神道が、聖書や仏典のような明確な教義を持たないことに起因している。八百万の神はあらゆるところに存在し、神ともインスピレーションや感性で対話する。イスラム教のようにコーランで強く日常を縛られることもない。

私はこれからのAI時代にはこのような日本人のあいまいさが注目されると思う。AIはデーターの集積で機能しているので、計算は得意だが人間の持つ感性のような指数化されない曖昧さは苦手だと思う。そのためこれからのテクノロジーの時代に最後まで残る職種は個々人の持つ感性や創造性にゆだねる仕事だと思う。いくらAIの計算速度が増しても人の思考のヒラメキの世界までは、当分入り込めないのではないかと思っている。

人は何のために生きるのか?あるいは人生と何か?などという哲学的な問いに、これからは全ての人が向き合う時代になると思う。今までのように学校を卒業し、何となく企業に就職するというような単純な路線は消えるので、自分の人生の意味や目的を明確に持つ必要が出てくる。もし仕事がしたくなければ一日中テレビでも別に問題はないので、人は好きに生きればよいのだ!政府がユニバーサルベーシックインカムという新たな生活保護で生活は保障される。

青春時代の私は人が生きる意味を常に考えていた!読書をし悶々とした日々を送った。そして出した結論が人は元来自由で社会通念などによって縛られる必要など全くないという思考だ!AIロボットにより使役労働から解放される人間は、やっと手に入れた自由を楽しめるどうかだ、定年退職をし毎日やることがないと愚痴を漏らすようでは人生は既に終焉している。(人は考える葦であると!パスカルは言った。認知症予防に時代について行く努力が必要だと思う。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

茶飲み話・150歳

 

テクノロジーの変化が日々劇的に進んでいる現在、短期的には様々な問題があるが、何も悪い事ばかりではない。AIにより人の身体的メカニズムが解明され、現在では難病とされる癌や認知症を予防する薬などが開発されつつある。そして今後あらゆる病から解放された人類は、老化の進行をおさえることも出来るようになり、寿命は150歳まで伸びるという。あと10年頑張れば高齢となった我々の世代でも人生120年位延命するかもしれない。

まだ夢のような話だが、先端医療を推進するイーロンマスクのニュウロリンク計画では既に現実の事として語られている。数年後に登場する量子コンピューターの演算速度は異常に速く、今まで10年近くかかていた新薬の臨床試験なども数か月で開発される。そして持病のある人などはアップルウォッチのような器具を腕に巻けば、身体のあゆるデーターがオンラインで医療機関に送信され、脳梗塞などを未然に防ぐことができるようになるらしい。

もし日本人の寿命が150歳になれば、現在叫ばれている少子化問題も解決される。寿命が延びれば毎年新生児も生まれるので、総人口は減らずに増えていくこともあり得る。これからやって来る未来を想定に入れず出生率を上げれば人口増により、社会負担が増していく。労働はAIやロボットがこなし、民衆は労働から解放されるので、開発に携わる超エリート以外は働く必要がない。

なにしろ今は人類誕生以来最も過激なパラダイムシフトが起こっているので、過去の常識などにとらわれていては時代に潰される。もがきながらでも未来を生きるしかない・・・。最近強く感じていることの一つに、労働から解放された人たちが、何を生きがいにするかだ!メタバースのようなデジタル空想の世界に生きがいを見つけるか、それともスポーツや趣味などでアナログで時間を費やすかだ。

これからは会社という仕事のコミュニティを失った人たちが、スポーツや趣味のコミュニティを求めるようになる。孤独を生きがいにする人以外はオンラインでコミュニティを作るか、アナログ趣味で集まるかだ。私は現在でも陶芸を教えているが、これからはボランティアで時間を持てあました人たちに、工房を解放することなどを考えている。(人生150年ともなれば、長い人生をいかに生きるかが大問題となる。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

 

茶飲み話・三重苦

 

三重苦とは我々日本人が現在おかれている生活環境をいう。昨年までは今後確実にやって来る二つの困難を話題にしていたが、今年に入りアメリカがイラン戦争を始めると、石油危機という新たな問題がまた一つ加わった。遠くヨーロッパで行われているイスラエル戦争などは直接我が国には影響がなかったが、イラン戦争は我が国の原油輸入の95パーセントを依存するペルシャ湾で行われているため、深刻な状況になっている。

従来私が懸念していたAIやロボット技術の急激な進化は、3年後の近未来すら予測不可能な状況になった。現在でも日々変化が激しく混乱しているのに、コンピューターの演算速度が万倍速い量子コンピューターが登場すると、我々の生活環境は一変する。シンギュラリティと言われるAIが人間の知能を超える日も目前に迫っている。AIがAIを、ロボットがロボットを開発し、人手がいらなくなる。

そしてもう一つの危機が各国の中央銀行が抱えている膨大な額の赤字国債である。既に我が国には1200兆円もの政府債務があるが、米国も同様に40兆ドルもの負債がある。そして毎年この国の借金は増え続けているのだ。そのためこれからやって来る高インフレに対処するため金利を上げる必要があるが、金利を上げると利払いが膨らむのでインフレが野放しになる可能性が高い。

これからやって来る三重苦を要約すると、まずAI、ロボットの進歩は業務の効率化を促進し、多くの失業者を生み出していく。中国やアメリカではすでに始まっているが大学を卒業しても就職先がない状況になる。いまコンビニなどでも人手がなく移民を入れろと言う声もあるが、コンビ二でも3年後には無人店舗がかなり増えているはずだ。いま下手に移民を入れると数年後には失業した外国人の生活保証まですることになる。

このような困難な時代に対処するには、なるべく現金を減らし実物資産に代える事である。エアコンなどの家電や車も必要があればすぐに購入する。災害に備える意味でも水や食料の備蓄。預金はゴールドやシルバーに少しづつ代える。現在は比較的安いので買い時かもしれない。そして株式も良いと思うが難しいので、年金族にハードルが高い。(でも心配することはない。困難な数年を超えれば、自動車が空を飛び、ロボットが働き、人は150歳まで生きる未来が待っている。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

 

茶飲み話・脱ファション

 

私は長い間、婦人靴のデザインを仕事にしていた関係からアパレルの流行には敏感であった。20代の頃には編み上げブーツやジョッキーブーツが大流行し、3万円もするロングブーツが飛ぶように売れた。そのためこの頃の靴業界は隆盛を極め、ボーナスも年に3度も支給されるほどであった。そしてこのブーツブームは10年ほど続いたが、その後ロングブーツは丈の短いハーフブーツに代わり徐々にブーツブームは沈静化していく。

当時は高田謙三を始め三宅一世、川久保玲、山本耀司などの日本人デザイナーも登場し、アパレルの本場パリでも注目されていた。そして来年の流行は何か?が議論され、トレンドを当てればビックビジネスにつながるので各社競って流行予測を行っていた。同時にカラーにも流行があったので、流行色を当てることも重要であった。当時の女性達は流行に後れたくないという意志が強く、競い合ってハヤリの衣装を身に着けていた。

ところが最近ではアパレルの流行など殆ど存在しない。各自が勝手に自分の意志で好きなものを身にまとっている。アパレルやシューズも機能性や価格で商品を選ぶようになった。それでも10年ぐらい前までは衣服はユニクロでもバックはブランド物という人もいたが、最近ではそのこだわりも消えているようだ。日本人が相対的に貧乏になったのか、価値観の変化なのかは知らない。

でも最近の若い子はスマホなどの通信機器にお金をかけている。高額なスマホをカバーで飾り、凝ったネールでスマホをタップ。しかし衣装はGUやH&Mなどのぺナぺナだ。これでは30年も前に一世を風靡したワールドやアローズも業績がよみがえることはない。たまに百貨店の婦人服売り場などを覗くと閑散としている。着飾る事を競って高額品を買った時代など、昭和と共に歴史のかなたに消えている。

ただ最近気になっているのが韓国などの影響で、美容整形が日本でもハヤリだしたことである。医学部を卒業した若い医師が通常の医師の道を進まず、美容整形を選ぶ人が多いので医師不足になっていると聞く。現在は医者になっても稼げないので高収入な美容整形を選ぶらしい・・・。(確かに2百万円でエルメスのバーキン買うより美容整形の方がコスパ良いかも?勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

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