
茶飲み話・幸福論
幸福論と言っても昔読んだアランの幸福論を語るつもりはない。最近異文化の乱入によって、平穏だった日本人の幸福感がおびやかされている気がするのだ。特に戒律の厳しいイスラム教徒と、何でもありの拝金主義者の中国人の増加は、本来わが国が持つ伝統的な価値観を根底から壊される可能性が高い。彼らは基本自国文化が最高だと思っているので、移住先の文化に溶け込むわけでなく、集団でコロニーを形成する道を選ぶ。
「ローマに行ったらローマ人のように」という言葉も古代ヨーロッパには存在した。日本にも「郷に入ったら郷に従う」という格言があるように、移住先のルールは従うべきだ。ところが絶対神を信仰するイスラムや、共産党によって宗教そのものが否定され道徳観を失った中国人にはこの発想がない。「軒先借りて母屋を乗っ取る」ことしか考えない。特に中国人の場合は容姿が似ているのでより始末が悪い。
私はなにも移民を全否定するわけではない。日本が好きで日本文化を大切にする気持ちのある外国人なら、むしろ歓迎したい。しかし観光ビザで入国し不法労働のすえ、悪事を働く外国人が多いのも事実である。私も半世紀以前にイタリアに滞在したときには常にビザ切れを心配し、役所にビザ申請に出かけたこともある。その後ヨーロッパでは労働不足を解消するために安易に多くの移民を受け入れ、現在の混乱を招き入れている。
宗教というのは余りにも厳格で、個人の生活まで規定するのも厄介だが、全く宗教心がなく倫理観や道徳感の欠如も大きな問題である。「私の物は私の物、あなたの物も私の物」というような一人で総取りの思考は社会的対立を増大し、結果として誰も幸せになれない。日本人の持つ共同体意識や共感力の崩壊は、日本の伝統文化の存続を危機的状況に追いやることになる。
日本の保守本流である高市政権の誕生はまさに崖っぷちであった、移民問題厳格化を正面からとらえ、解決に導く金字塔になると期待している。2015年に導入された安易な経営管理ビザにより、今大阪では空き家を中国人が買い民泊に代えて大変な問題になっている。でも高市政権になりさっそくこのビザが厳格化されたことは喜ばしい。(国境をなくし共存すれば人類は幸福になるなど、共産主義と同じ破滅の発想である。勝田陶人舎・冨岡伸一)
ニューヨーク

茶飲み話・ニューヨーク
先日ミューヨークでイスラム教徒の急進的左派マムダニ氏が選挙で勝ち、知事に選出された。これはキリスト教プロテスタントが建国したアメリカではほとんど考えられないことで、我々日本人にとっても非常に憂慮すべき問題である。近年のアメリカは民主党による移民政策推進により非白人の人口が増え続け、ついについにその人口比率は逆転する状況になっている。
もともとキリスト教徒とイスラム教徒は水と油で、かつては十字軍遠征で100年戦争を戦った中だ。「隣人愛」のキリストと「目には目を歯には歯を」のイスラムではどこまで行っても平行線である。国境をなくすグローバル化やダイバーシティ多様化も良いが、実際にはお互いが対立し不幸を呼び込むことになる。民族融和の理想論は実際にはうまく機能しない。もしアメリカが内部崩壊すれば世界は秩序を失い、弱肉強食の混沌へと向かう。
最近ロンドンやパリではイスラム教移民が増えすぎて、治安悪化が大問題になっている。街はゴミが散らかり、夜の一人歩きなど危険で出来ない状態なのだ。経済優先で人手不足から移民を大量に入れると国は滅び、自国民は辺境に追われる。実際に現在のアメリカは沿岸部のカルホルニアやニューヨークから白人層が逃げ出し、中央部のテキサスやフロリダなどに移住している。もはやアメリカの分断は避けられない状況である。
イスラム教は非常に恐ろしい宗教だ!絶対神であるアッラーを信じる一神教で他の宗教を全く認めない。一回入信すると離脱することは出来ない。もしイスラム教徒の人と結婚すると自身もスラム教に改宗しなければならく、その逆はないのだ。イスラム教徒の女性は人前での肌や髪の露出は厳禁である。そのため水泳はおろか各種スポーツさえも禁じられている。そして今日でもその戒律が緩むことはない。
私が川口に多く住むクルド人に警戒心を抱くのは、彼らがイスラム教徒だからである。日本は宗教の自由を歌っているが、イスラム国家には基本宗教の自由は存在しない。労働力不足でイスラム教徒を受け入れれば、将来日本の神道、仏教などは簡単に駆逐される。最近増えている日本のモスクに行ってみるとよい。外国人に混ざって日本女性も真っ黒なヒジャブを被り、礼拝している姿をみかける。(世界ではキリスト教徒は減少しているがイスラム教徒は増え続けている。勝田陶人舎・冨岡伸一)
高市首相

茶飲み話・高市首相
日本と日本人が大好きで、長い間大切に守られてきた皇室を中心とした日本文化を他国により壊されたくないと望む我々愛国主義者にとって、高市政権誕生ほど喜ばしいことはない。前回の石破政権誕生で半ばあきらめていたが、やっと日本も中国などの独裁国家に忖度しない、まともな国になる道筋が見えてきた。でも公明党を始め岸田や石破などの親中派の抵抗も残るので、安倍さんのように狙撃されないか心配もある。
近年、中国は金の力で多くの国会議員やマスコミを買収し、日本を中国の支配下に置くことに力を入れてきた。特に日本の大手メディアである一部のテレビや新聞は、高市批判を繰り返し放映した。その結果なんの理念もない小泉進次郎が首相になる可能性も高かった。農水産大臣の小泉が各地に出向き、精力的にコメ不足解決に奔走しているような映像を流し続けた。偏向報道のテレビが真実だと思っている日本人もまだ多いのだ。
テレビや新聞などは「日本記者クラブ」というマスコミだけが入れる組織から情報を得ている。この組織こそ中国の息がかかっており、中国批判をすると排除される仕組みになったいる。だから私は数年前からテレビや新聞は殆ど見なくなった。ネットにアクセスすれば玉石混交だが真実の情報などいくらでも取れる。今回の高市首相の誕生は、麻生さんの尽力と若い人を中心としたネット民の勝利と言えるのではないか。
日本の事を真剣に考え中国に忖度しなかった、安倍さんはモリトモ問題など些細な事でマスコミの総攻撃にあい最後には凶弾に倒れた。そして自民党の保守派であった安倍派は「裏金」というレッテルを張られ解体させられたのだ。そして岸田、石破という中国寄りの政権が誕生し、日本解体、中国の属国化という道を進む未来が描かれていた。「何が夫婦別性だ!中国、韓国のようにしろってか」。中国移民たくさん入れるから宜しくだとさ。
今回の高市政権誕生には麻生さん尽力によるところが大きい。個人的にはあまり好きではなかったが、安倍派亡きあとは麻生さんが最後の保守の砦であった。いま日本を変えられるのは安倍さんの意志を引き継ぐ、女性である高市さんしかいない。それに片山さんと小野田さんという女性トリオは素晴らしい。(元始女性は太陽であった。結局日本の危機は神代の昔から女性にしか救えない。これで日本の未来も少し明るくなった。勝田陶人舎・冨岡伸一)
FOMO

茶飲み話・FOMO
FOMOとは「fear of missing out、取り残される恐怖」をいう。今のように金価格が急激に上昇していくと、ゴールドを持ってないことに不安を感じた一部の人々が貴金属店に殺到する。この現象は今世界的な流行になっていて、FOMOという新しい流行語をうんだ。特に東南アジアなどでは貴金属店の前に長蛇の列をつくって、ゴールドの現物を買い求めている。
先日朝の9時半頃に銀座通りにある田中貴金属店の前を通ったが、外装工事中の店の入り口には開店前に50人ぐらいの人々が列をなしていた。(今日の写真はその時の映像である)。現在は何処の貴金属店でも100グラム以下の地金やコインは売り切れで、ゴールドを購入するには200万円以上の現金が必要である。手に入らないと聞くと増々欲しくなるのが人のサガである。多分この列は今後長くなるかも?
先日ゴールド価格が1日で6パーセント暴落したが、その前に25パーセントも急騰したので当然のことである。これからは暴騰、暴落を繰り返しながら誰も見ぬ高みへと押し上げられていくだろう。そして善良な一般市民がFOMOフォーモを感じ、焦ってゴールドを買いに走った時、光り輝いたゴールド価格の上昇は終焉する。そしてその後10数年間はダラダラと下降曲線描いていく。でもそれがいつなのかは私には分からない。
現在私はゴールドなどの貴金属より、ビットコインなどのデジタル通貨に興味を持っている。米国の膨大な債務処理を行うためには新たな通貨制度が必要なのだ。それには従来の米ドルや米国債などの紙媒体でなく、ネット社会などで自由に使えるデジタル通貨に移行させる必要がある。すでにトランプ一族はデジタル通貨の未来を予測し、息子たちがいくつもの会社を立ち上げている。いま世界は何でもありな時代で、大統領が大っぴらに利益誘導をしているのだ。
日本では今も政治と金の問題で自民党が揺れているが、少額の使途不明金で国会審議が停滞するなど他国では全く考えられない話である。重箱の隅をつつくような小粒な国会議員しか日本には存在しない。清廉潔白で品行方正も良いが、政治家として何か重要な志が欠けてないかが気になるところだ。(水清くして魚住まず。清濁あわせ飲む。と明治生まれの父親がよく言っていた。勝田陶人舎・冨岡伸一)
うどん粉

茶飲み話・うどん粉
この秋も我が国は二人のノーベル賞受賞者を輩出した。生理学・医学賞の坂口志文さんと化学賞の北川進さんである。一年で二人の受賞は大変喜ばしい事だ。日本の基礎研究が今だ健在で、世界から認められている何よりの証拠となった。そして彼らの喜びの記者会見を聞いて驚いたことがある。なんと彼らの座右の銘が「うどん粉」で同じなのだ。正確に言うと「運、鈍、根」ウン、ドン、コンのウドンコである。
この言葉を最初に聞いたのは確か私が高校生の時であった。当時私の父は株式投資を趣味にしていて、証券会社の営業マンが時々お茶を飲みに来宅していた。そして雑談の後に彼が帰ると父は私に、「いいか、株式投資は運、鈍、根だぞ。略してウドン粉だ!」と諭した。当時私の父は私を将来証券会社に就職させたいようだった。私もそのつもりで経済学部に進学したが、実際には経済とはかけ離れた方向へと向かった。
でもこの「運、鈍、根」の概念は人生の岐路に立った時などの、軌道修正に役立ったと思う。人生の成否など紙一重だ。何が幸いするかなど全く分からない!振られたサイコロの目に自身を委ねるに等しい。しかるに人生で一番大切なものはなんといっても「運」である。運がなければ全ての努力も徒労に終わる。そしてあらゆる状況に動揺しない「鈍感力」が続く。最後に一つの事をぶれずに遂行できる「根」である。
私はありがたいことに「運」には割合恵まれてきた。ところが残念な事に鈍感力と根がない。目の前に猫じゃらしを振られると直ぐに反応してしまう。そしてせっかちな性格で一つのところに留まることが出来ない。釣り糸を垂れ暫く反応がないと直ぐに移動し河岸を変える。魚も池を回遊しているのでジッとしていればやがてむこうから針に食いついてくるのに・・・。
やはりノーベル賞を受賞するような人は頭の良さはもちろん「運、鈍、根」の三拍子がそろった人たちだ。中国人や韓国人になぜノーベル賞受賞者が出ないにか?という話題が上がるが、彼らに欠けているものは同じく鈍感力と根である。拝金主義の彼らは直ぐに金にならない基礎研究などに興味がないのだ。(高市政権になり金のバラマキが加速する。紙幣を増刷し物価高を抑えることなどできません。勝田陶人舎・冨岡伸一)
