年の瀬

いよいよ慌しかった令和元年もあと数日で終わる。私的には年の後半に健康を害し、一月ほど入院するはめになったのが強いインパクトとなった。古稀も超えると体のあちこちにガタがくる。これを通称老化というが本人にはその自覚がないのが困りもの。気持ちは若いままでいようとする。でも実際にはその気持ちや考えも体と共に歳をとっているのだ。三十代の頃の気持ち戻りたいと思えど、それはあくまで我々が生きた時代の三十代である。実際に今をリアル生きる三十代の働き盛りは、我々とは異なる情報と環境の中で暮らしている。そのためその価値観や思考行動も我々の世代とは全く別であると思う。特にスマホなどSNSの急速な普及に伴う情報伝達手段の進化は、勤労者の就業方法や意識を変えた。

先日雨が降っていたので姫路駅からタクシーに乗り、得意先へ行くことにした。その道中運転手と世間話をしていると、彼は顎でフロントガラスの上部に設置された監視カメラをしゃくり、「いつも監視されているんですよ!以前は暇な時は昼寝も出来たんですがねえ。」と一言、若い頃を懐かしんでいた。タクシードライバーに限らず、スマホによる即時通話と監視カメラの普及は便利と安全は担保されたが、就労の気楽さと自由裁量はどんどん消えていった・・・。我々もむかしの仲間が集まり景気のよかった働き盛りの頃に話題がとぶと、お互いにバブルの頃の武勇伝を披露しあう。「俺がよう、年末に銀座のクラブで客を接待、終電がなくなり客のためにもタクシーを拾おうとする、おーい止まれ!」と必死で万札をかざし手振るも、それでもタクシーが捕まらなかったなどと。

その頃はタクシードライバーの接客態度も最悪。言葉遣いもぞんざいでドライバーの機嫌をとりながらの乗車であった。特に近距離では行き先を言ったとたん急に不機嫌になる。当時はタクシーも客を選べた時代で、行き先を聞いてからドアを開ける不届き者もいた。しかし最近では違う。タクシーの利用客も減り、客数が減少すると「ワンメーターでもよいから利用してください。」ということになってきた。近距離の利用でもあからさまに態度に出すようなこともない。でもタクシー乗り場で30分も並んで客待ちしたあげく、ワンメーターでは実際の商売は上がったりだ。口には出さないが不満であることは確かである。その上ほとんどの客がつり銭を受け取るようになった。

日本の素晴らしいことの一つにチップの無いことをあげる外国人は多い。海外ではサービスにはチップが必要。オモテナシを売り物にするわが国。安全、清潔、サービスはタダ!でもこの我慢比べの良き慣習が我々日本人を清貧の時代へと導く。(今年もご購読ありがとうございます。では良いお年を!勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

白菜

「白菜の四分の一カットが69円。」スーパーに並ぶ冬野菜の代表でもある白菜のこの価格、安いのか高いのか?テレビ取材での記者と店長の会話を聞いているだけでは、日頃買い物をしない私にはさっぱり分からない。でも昔に比べると食材としての白菜の重要度はずいぶんと低下してきている気がする。今は白菜は鍋に入れる程度で漬物では余りお眼にかからない。私の子供のころ白菜は冬になると、三度の食事に添えるオシンコの定番で我が家の食卓にはシーズンになると、いつも切らさず鉢に入った白菜の漬物が置いてあった。まだ米飯が主食の時代、当然オカズは一汁一菜である。食べ盛りで三杯もお代わりする子供達には当然オカズがたりない。そこで重宝するのが白菜の漬物であった。

その頃毎年秋も深まると、八百屋の店頭には沢山の白菜が並ぶ。これを5,6個買い求めて自宅で母親が漬物に加工する。白菜の漬物作りは簡単。使い古した木の樽にカットした白菜を並べ塩を振る。これを何段かに重ね落し蓋を置き、上から子供の頭ほどの大きさの玉石を乗せれば終了。数日経つと塩水が染み出てきて白菜の漬物の出来上がりだ。私は白菜の漬物は浅漬けが好きだった。塩辛くなく白菜の甘みさえ感じるこの浅漬けなら、ご飯が進んで3杯もお代わりした思い出もある。しかし時間が経過すると漬物はだんだん酸っぱ味を増してくる・・・。以前隣家から韓国からのオミヤゲだとキムチのおすそ分けがあった。「本場韓国のキムチはやはり旨い!」と妻は言うが私はこの韓国キムチがにがて。辛さや酸っぱ味はまだしも魚など各種投入するので生臭く、乳酸菌の他にも色々な菌がいそう。

最近日本では各家庭で漬物を漬けることはほとんど無くなった。お隣韓国では晩秋に一家総出、庭先でキムチを漬けるのが年中行事である。キムチ手当てという特別ボーナスも支給されていたが、日本と同じく少子で核家族化も進んでいるので、最近でもキムチ漬けが盛んなのかどうかは分からない・・・。先日大掃除をしていたら母の代に使われていた梅酒漬けのガラス容器が床下から出てきた。中には何十年も前の干からびた梅が入っていたが、腐るでもなくそのままの姿を留めていた。今さらながらアルコールの腐敗防止効果に驚く。すると隣に意外な物を発見!庭石のような玉石二つ。「ふう、これは漬物石か?よく今まで捨てずに残しておいたな!」とつぶやき不必要になった玉石を庭に戻した。

漬物石はただ加重をかけるだけの存在。でもこれがないと漬物がうまくつからない。玉石でも何かの役に立つ。「漬物石にもなりゃしない!」これは家でゴロゴロ何もしない亭主をむかし奥さんが、心の中で密かに罵倒した言葉。でも今では若い夫はマメになりこの言葉も死語と。(勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

マスコミ

最近電車の中で新聞や週刊誌を見ている人がいない。殆んどの人がスマホとニラメッコ!むかし話し声がうるさく閉口した数人で下校する高校生までが、会話するでもなくそれぞれがスマホに注目している。これでは当然雑誌など紙媒体も売れるわけない。そこで存続の危機を感じた週刊誌などマスコミが注目したのが、有名人のゴッシプネタを徹底的にえぐり出し、話題を自ら提供することである。狙いをつけた個人を刑事よろしく徹底的にマークし薬物、不倫、汚職などを調べ上げて公表する。この標的となったのが安倍首相夫妻と最近では沢尻エリカとかいう、イカレポンチの女優である。この女優が薬物で廃人になって死のうが、我々には全く関係がないのだ。こんなこと警察に任せておけば良いのに、なぜかサクラの会の国会追及の只中に大きく報道される。

最近私もそうだが若い人を初め、マスコミの発信する新聞、雑誌、テレビなどの情報を信用しなくなっている。彼らが発信する情報はその編集者の考え方やイデオロギーなど個人の思考回路の立ち位置や都合できまる。テレビ局や編集者個人の思考や好みを国民にし付ける形で、マスメディアはずっと存在してきた。いまネットなどスマホで情報はいくらでもとれる。直接その当事者の情報源をたどれば発信者の生の声がいくらでも聞けるようになった。なにも当局により歪曲された映像や記事など見る必要も無い。結局マスコミ各社も商売だ!売り上げてナンボの世界。自社の利益や思考を優先して、中立の立場で正確に情報を伝えるというマスコミの本文を忘れる。このようなことでは個人はますます偏向報道マスコミを離れる。反対に週刊誌はより刺激的な新たな魔女狩りのイケニエを捜してうろつく。

近年テレビ、新聞、雑誌などマスメディアの重要性が希薄になり、各社その対応に苦慮している。そこで手っ取り早いのがイケニエ捜しである。まず週刊誌がゴッシップを暴く、するとテレビ局がその情報に乗り炎上させる。そして政治ネタは野党政治家が「待ってました!」と問題を取り上げて国会で追求する・・・。いまこれは暗黙の連係プレーのようで、国民の目を世界の重要事項から遠ざける手段とも思いたくもなる。「これを弱者連合の亡国と私は呼ぶ!」マスメディアは商売なのでまだしも政治家はこの国をどうするか?考えることが仕事である。週刊誌ネタに追随しているようではあきれて、思慮深い国民はどんどん野党から離れていく。

そろそろ政治もAIに任せる検討を始めたらどうか?皆さんが求める清廉潔白で公平な適任者など人間では存在しない以上、汚職、利益誘導、不倫のないAI政治家の登場をまつしかない。(経済ではトレーダーなど重要部署はすでにAIに変わってます。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

宮古島

沖縄本島のさらに南、そこには美しい白いサンゴの砂浜を持つ宮古島という島がある。私も一度訪れてみたいと思っている場所のひとつだが、今この島民の間でブルー・サーズデイ(木曜日のゆうつ)という言葉が囁かれているという報道をテレビで見た。人口5万余りの静かな南国のこの島に、毎週木曜日になると中国大陸から巨大なクルーズ船が、3千人もの観光客を運んでくる。ふつう人がやってくれば町は観光収入で潤い大歓迎なわけだが、どうもそうではないらしい。なにしろ中国人はマナーが悪い!食べ物の包みやペットボトルのゴミなど散らかし放題、あげくのはては海岸で用をたす人もでる始末。彼らが帰った後は清掃が大変だと嘆いていた。

最近宮古島では地価が高騰!リゾート開発のホテル建設ラッシュで、海岸付近の好立地が高値で取引されている。そのため建設労働者の宿舎も足りず賃貸料はうなぎ登り、何倍かに跳ね上がって元からの住民は困惑顔だという。でも大陸から近いこの島にホテルがたくさん出来るとどうだろう?もっと大量の中国人観光客が押し寄せてきてこの島を席巻し、あげくのはてはこの島の土地を買いあさり中国領土だとも主張しかねない。そのため中国人は日本の土地を買えない法整備が必要である。中国では土地は国家の所有で、中国人はもちろん外国人も一坪たりとも使用権以外土地は買えない。中国人は日本の土地を購入できるが、日本人は中国の土地購入が出来ない。これはでは明らかに不平等!

先日もこのブログで書いたが、今九州に相当する面積の日本の土地が所有権放棄されているという。一部ではもう始まっているが、これら買い手の付かないタダ同然の土地を、密かに中国人に買い占められたらどうする?法律を作り適用しても所有権が確立していればタダではとりかえせない。買い戻すために法外な値段を吹きかけられることもある。長い間島国だった日本人は和気藹々と暮らしてきて、大陸の住民の狡猾さがほとんど理解できない。昔ある人が私に「人間ずるくないと、人のずるさが分からない!」と教えてくれたことがある。人の寝首をかくことしか考えていない。いやそれでしか生きてこられなかった人たちとどう共存していくのか?日本人の情念を捨てたくないと願う人達にとって、未来は決して平坦ではない。

イギリスではEU離脱の是非を問う選挙が行なわれ、保守党が圧勝した。国境を開き人が自由に定住できると、多文化が混在し国が乱れる。(勝田陶人舎・冨岡伸一)

お好み焼き

12月に入り師走を迎え寒くなると、食べたくなるのが鍋やお好み焼きである。お好み焼きと聞くと言葉のニュアンスが高級そうであるが何のことはない、うどん粉を水で溶き鉄板で焼けば、とりあえずお好み焼きの原型は出来る。子供の頃このお好み焼き、我が家ではドンドン焼きとよんでいた。これはむかし屋台のオヤジが車を引いて、ドンドンと太鼓を合図に街にやって来た事が語源だと父親が教えてくれた。それがいつの間にか具を好みで入れて作るようになって、多少上品になりお好み焼きと称されるようになったらしい。たぶん大阪など関西からの食文化の影響もあるのかも?当時わが家のドンドン焼きは中に入れる具は肉などなく、あまった食材を入れてご飯の代用品にしていた。なにしろ冷蔵庫がなかったので食材はすぐに使いきる。!

「あっち!」注意されたことも忘れ、口びるをやけどする!お好み焼きの金属のヘラを熱い鉄板の上に置いたまま、口に運んだのがまずかった。関東では通常お好み焼きはそれぞれの席の鉄板で自分達で作るが、神戸のその店ではカウンター方式で目の前の大きな鉄板で、店の人が手早く焼いてくれる。メニューもお好みの焼きのほかステーキや貝、野菜などもオーダーすることができた。作業は全部店員がするので楽だが、この店では原則箸は使わず小さなステンレスのヘラでスプーンのようにすくって食べる。(関西ではこのようなスタイルの店が主流らしい)最初はなれないので、「ヘラを鉄板の上に置くな」の注意に酔いが回ると無造作にヘラを鉄板の上に置いたのだ。

以前浅草寺近くのお好み焼き屋には男同士で時々行った。連れの知り合いのおばさんが一人でやっていたこの店は、モンジャ焼きも看板メニューだった。モンジャ焼きはむかし文字焼きといい、子供達に文字を教えるために水の多いデロデロの小麦粉を鉄板に流し、文字を書かせたのがそのルーツだという。しかしいずれにしても男同士で行くお好み焼屋は誰かが焼き奉行になるので、ゆっくりと酒を飲んだり話す暇もないのが欠点だ。でも共通の話題など無い人とは、作るのに忙しくて適当に話が切れるのでよいかも・・・。最近高校時代の友人の貸し店舗のお好み焼屋に行くことがある。シルバー男7,8人で繰り出すのだが誰も基本焼き奉行になりたくない。そこで日頃まめに料理などをこなす男の隣が優先席になる!

世の中どんどん便利になると、お好み焼きやモンジャを焼くことはまだしもリンゴや柿の皮をむく、あげくの果てにピザを切るのもめんどくさい。先日(何とかゼリヤ)という高級イタリア料理店に入り、運ばれてきたピザをどちらがカットするのか眺めているうちに冷めた。(勝田陶人舎・冨岡伸一)