懐中汁粉
わが家では先祖代々、新年になると浅草寺に初詣に参ることが恒例になっている。そして祈願のあと御札を頂き、仏壇の脇にそなえる。そのとき御札と一緒にお供物として授かるのが、懐中汁粉と抹茶葛湯の入った小箱である。若い人はご存知無い方もいるかもしれないので説明すると、懐中汁粉とは乾燥させた固形の汁粉の素だ。それをカップに入れ、熱湯を注ぐと解けて直ぐに汁粉になる、いわゆる昔のインスタント食品である。懐中とは懐かしい言葉だが、懐中電灯、懐中時計など用語は今でも使われている。私の両親もそうだったが戦後は日常和装の人がまだ多くいた。そこでポケットなど無い和服では、財布など大事な身の回り品は着物の前腹の懐に収めていたのだ。
むかしは庶民のスィーツといえばなんと言っても一番はお汁粉である。祝い事など何か行事があると、小豆を煮てお汁粉をつくる。まだ今のスィーツなど無い時代、甘いお汁粉は子供たちにも人気があった。するとこのお汁粉を懐に入れて何処にでも簡単に持ち運びできたら!などと考えたに違いない。そして試行錯誤のすえ作られたのが懐中汁粉なのだろう。いまNHK朝の連ドラでは(まんぷく)という即席ラーメンの開発秘話が放映されている。普段は連ドラなど殆ど見ない私だが、チキンラーメン好きなのでこのドラマは時々見ている。熱湯を注げば簡単に作れる即席ラーメン!明治時代なら懐中ラーメンと呼ばれていたかも。
昭和30年代は次々に新しい物が出てくる面白い時代だった。スーパーマーケットが31年に登場し破竹の勢いで全国に出店されると、それと共に買い物も便利になり即席ラーメンを初め、簡単に作れる様々な食べ物が登場してくる。そしてそれら食品の呼び名の総評が、懐中や即席からインスタントの英語で呼ばれるようになるとどうだろう。湯に戻せば食べられる、開封して皿に盛ればオーケー、そして電子レンジでチンなどの、簡単レトルト食品であふれる現代へと続いていく。殆んどの女性が専業主婦から会社勤めを始めると、料理の時間が限られてくる。冷凍食品など手間のかからない加工品や調理済みのおそうざいなどが人気で、たくさんスーパーに並ぶようになった。でもこれら変遷の元祖は、あの懐中汁粉ではないだろうかと私は思う?
買ってきたお惣菜をパックのまま食卓に置くのも侘しい。せめて趣味で始めた自作の陶器の皿にでも並べてみたらどうでしょう。
(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)