
茶飲み話・ミラーノ
いまイタリアのミラノで冬季オリンピックが開催されているが、ミラノには私が29歳の時に4か月間住んでいた。正式にはミラーノと発音し、イタリア最大の商業都市である。町のシンボルは中心にあるゴッシク調の大きな教会と、ギャレリアと呼ばれるブランドショップなどが店を構える美しいアーケード街が有名である。NHKなどのオリンピック放送で最初に映されるので誰でもご存知だと思う。
平野が広がり積雪もあまり多くない商業都市ミラノでのオリンピック開催は、なんとなく違和感をおぼえる。教会などの高い屋根に上ってもアルプスのすそ野ははるか遠くに見える程度距離がある。スキー会場のあるコルチナには開会式に使えるような大きなサッカー場などがないので、競技施設が整うミラノ五輪としたのだと思う。最近ではオリンピックも予算削減で開催のために、新たな巨大施設などを作らなくなった。
話題を変えてイタリアの物価について少し話してみよう。私がミラノに住んでいた半世紀前にはイタリアの物価は日本よりだいぶ安く3分の2程度であった。そこで日本の給料額での生活はゆとりがあった。それは日本のバブル期まだ続き、1999年にイタリアが自国通貨リラを捨てユーロに代わると徐々に物価が高騰を始める。それと同時に日本はバブル崩壊により毎年物価が下がるデフレ経済に突入した。
でも私がイタリアに最後に行った15年前にはまだイタリアの物価高をあまり感じなかったが、最近では円安もありヨーロッパの中でも比較的物価の安いイタリアでさえ日本の二倍以上に高騰している。まして物価高のスイスなどは3,4倍と常軌を逸した高さなのだ。これではヨーロッパ留学どころか観光にも簡単に行けない。最近スイスを旅行した日本人がジュネーブでラーメンを喰うと5千円と聞くともう呆れるしかない。
いま海外からインバウンドで多くの外国人がやって来るが、彼らの多くが日本の物価の安さに言及している。お隣の韓国人でさえ日本の方が物価が安いと言っているので複雑な気持ちになる。最近日本人のパスポート申請率が低下を続けている。海外は危険だし、物価も高いので日本にこもっていればよい!との発想だ。(我々団塊世代の青春時代は1ドルが360円で、海外旅行など夢の世界であった。でも再びあの時代がやってきた。勝田陶人舎・冨岡伸一)
