抹茶碗の詩・器

 

世の中には器の大きい人、小さい人がいるという。すると当然、器の清い人、濁った人もいるはずだ。私自身は何となくおもむきのある人を目指したい。

抹茶碗の詩・晩年

 

人生は晩年にある。家族や仕事から解き放たれ自由な思索と行動の中で、自らを醸成する至福の時である。

抹茶碗の詩・懐石

 

むかし空腹に耐えかねた人たちが石を温めて懐に入れ、飢えをしのいだと聞く。懐石料理とは元来豪華な料理でなく、お茶席で空腹を満たす程度に供された料理である。インフレで老後貧困が忍び寄る昨今、清貧に生きる知恵を古人から学ぶべきかもしれない。

抹茶碗の詩・青春

 

青春時代は中原中也の「汚れちまった悲しみに」という詩が好きだった。特に「なすところもなく日は暮れる」というフレーズだ。人生にはさしたる意味はないのでは?と思いながらも今だに生きる意味を見つける歩みを続けている。

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