もう半世紀程も前の事、一人でヨーロッパを放浪する私に男が近づいてきた。「お前は日本人か?」そうだと答えると、「俺は日本人が大嫌いだ!」といきなりきた。失礼なやつだなあと、ムッとする私に「日本人は我々からインドネシアの領土を奪った。」と続けたのだ。オランダ人だと名乗る男は、先の大東亜戦争のことを言っているようであった。当時世界は殆んどが欧米列強の植民地で独立国は日本、タイ、トルコのたった三カ国しかなかったのである。明治維新によりかろうじて植民地支配を免れた日本は富国強兵のもと、国力を増強すると植民地支配に苦しむ近隣のアジア諸国に進軍し、インドネシアから植民地支配するオランダ人を追い出した。(どうも彼はこの事を根に持っているらしかった)
そして日本が戦争に負け軍隊を引き上げると、オランダは再度インドネシアに軍隊を送り植民地支配を敢行する。しかし一部の日本兵は現地に留まりインドネシア人と一緒に戦い、紆余曲折のすえ独立を勝ち取ったのだ。この時先頭に立って戦ったのが、インドネシア建国の父と呼ばれたスカルノ大統領である。親日家の彼は戦後も度々日本を訪れており親交は続く。そして当時インドネシアへの開発援助に伴い貿易会社の秘書という名目で、スカルノのもとへ送り込まれた女性がいた。彼女は赤坂のクラブホステスだったが、後に彼の第三夫人となる。インドネシアはイスラム教なので妻は三人まで持つことが出来る。彼女はデヴィ夫人と名乗り、その後日本に帰国し現在はタレントとして活躍中である。
今年もまた終戦記念日の暑い8月がやってきた。無条件降伏をした日本は戦後アメリカ統治により、太平洋戦争はすべて日本軍部の悪行が招いた結果と、徹底的にプロパガンダされてきた。戦後われわれの受けた歴史教育では、日本人の卑怯な真珠湾奇襲により戦争は始まったとされるが、実際にはそれ以前に日米はすでに一部開戦していた。戦争に勝ってその国に侵攻し言論統制をすれば歴史を改ざんすることなどたやすい!そしてそれが長く継続されれば真実へと変わる。戦後も今年で70数年経過した「我々日本人がすべて悪うございましたという一億総懺悔!」でも日本はアジアにとって良い事もたくさんしている。そろそろ冷静に大東亜戦争の光と影を検証し、正確な歴史認識に立ち戻る必要もあるのではないか。
「シンゾウの親父は特攻隊の生き残りだったのか?ところで彼らは出撃の時は恐怖で酒や麻薬を飲んで行ったんだろうな!」「いや違う、愛国のためにシラフで命を捨てた!」と安部さんが答えるとトランプさんは痛く感激していたそうだ。(オランダといえばゴーダチーズ。勝田陶人舎・冨岡伸一)
半世紀前、冨岡さんがあるオランダ人から浴びせられた「俺は日本人は大嫌いだ!」についての反日感情は、違ったかたちで現在も残っているのだろうと推測される。インドネシア独立戦争で敗れたのに賠償要求に一切答えず、日本には賠償請求ししっかり受け取っているのがオランダです。自分の非を認めるのでなく相手の非を認めさせるのが外交です。その点からすると日本よりオランダがはるかに外交上手と認めざるを得ません。また、2008年には米国下院に続きオランダ下院でも「慰安婦問題謝罪要求決議」が採択されているからです。これが韓国・中国のお隣さんから仕掛けられている情報戦に無策であった日本国の姿勢が原因で、これこそ問題です。
EU諸国の中で日本から一番の輸出国が、オランダと聞いたことがある。
また、オランダではEU域外の者が働く場合、様々な労働許可の手続きが必要となるが2014年12月24日、オランダ政府は日本国籍を持つ者には「自由に労働が可能な居住許可」を交付する事となった。これにより、日本国籍の持ち主はオランダにおいて住民登録と、銀行口座を開設すれば、労働許可を申請しなくても働くことが可能となった。ただし、2016年6月20日、オランダ・スイス二国間条約(1875年)の解釈が見直され、2017年1月1日以降の労働に当たっては日本人でも通常の労働許可を得なければならないこととなっている。私の勉強不足でもあるが、優遇措置から外すということだけなのか、日本の国会で取り上げ、この件に関して日本政府はどのような対応をしているのかマスコミでも報道されたのであろうか。せっかく受けた優遇措置であれば日本人を守るためにも継続要請という姿勢を示してほしいもである。お隣の国でさえ自国の非でなく、不当な理由付けで日本を非難している。
翻って考えると、世界で唯一、2度の原爆を投下され多くの国民が虐殺されたのに、米国に対して「今は友好国であるが、当時のアメリカ合衆国の原爆投下は許せないし日本人は決して忘れない!」と、彼のオランダ人の様に訪日米国人旅行者にいえるのであろうか。日本人としての誇りの問題であり、終戦記念日に現役の安倍総理が靖国参拝をできないことと同根の問題に思える。
まあそれもこれも基本的には日本人の情念に基づく、人間関係のコミュニケーションのとり方の特殊性にあるとおもいます。天皇を頂き長期間権威と権力を分けて治世を行なってきた結果、弾圧と服従という大陸文化が持つ一般的な人間同士の対立が日本人には希薄です。そのためトランプ流のディールすなわち交渉ごとができない。お互いに高圧的に自己主張し時間をかけて落しどころを探る芸当などストレスを感じて無理。このような日本人は「外に出ないほうが幸せ!」と言っていた人がいたが私もそう思います。いっそのこと外交などは、海外と日本文化に精通した外国人にでも委ねたほうがよいのでは?生まれ持って日本に育つと相手を思う気持ちが先行しディールは出来ない。日本人の特殊性は日本に長年住めば分かりる。アメリカとの交渉はケント・ギルバート、中国は石平などを外交のブレーンに加えるなどどうだろうか。それか交渉をAIにまかせ感情をいれずにプログラム道理に行なう方法もある。
日本への原爆投下はアメリカによる日本のアウシュビッツという人がいるがまったくそのとうり、でも日本人はこれを強く問題にしてこなかった。異常な人種差別主義者ルーズベルトの4期にもわたる大統領就任がいたかった。でもいつか歴史が彼をヒットラーと同列に扱う日がくるかも?
このように書くと日章旗を振る国粋主義者みたいですね。ではまた・・・。
「日章旗」では無いが、去年、韓国主催の国際観艦式で自衛艦旗「旭日旗」掲揚自粛を求められ、日本側は拒否し、海上自衛隊艦船の観艦式不参加となった。さて、今年の「すがの盆踊り」は多くの皆様が参加され盛り上がり有難いことです。例年「大芝原自治会こども会」太鼓教室の皆さんの協力を頂いています。すでにお聞き及びかも知れませんが、残念なことに初日、盆踊り開始後、途中で東菅野中央自治会子ども部の或ものからこども太鼓教室の引率者に「大芝原自治会こども会」の旗というか幟というか櫓近くに掲げていた物を、「外して欲しい「」と要請をしました。そして取り外され翌日は掲げることなく太鼓演奏が行われました。相手が日本人でそれこそ「大人の対応」をしてくれましたが、私個人の意見としては、旗あるいは幟は団結とプライドを象徴するものであり、それを降ろせとは無礼千判な行いであったと思います。かつて江戸時代の幕末期、いまだ幕府軍優勢下にあた戦いでありましたが、帝の「錦の御旗」を掲げることで反幕府軍が官軍となり形勢逆転し大政奉還・明治維新に繋がっていきました。
今回、諸事情でこのような結果を招きましたが残念なことです。我々の世代では想定外のことが起こりました。今後の我が自治会会長の対応として、速やかに先方自治会会長への謝罪、演奏協力のお礼、次回の協力のお願いに出向くことであり、そして自治会としては類似案件の再発防止策を自治会内で検討すべきと自治会副会長に進言しました。会社組織の上下関係でなく、ボランティア組織の自治会運営の難しさを感じました。
旗といえば印象に残るのは太平洋戦争の激戦地硫黄島のスリバチ山に米兵により掲げられた、星条旗を思い浮かべます。アメリカではこのシーンを撮影した写真は戦勝の象徴になっていますが、日本人の我々にとってはなんともやるせないです。戦闘的なアメリカの国歌の歌詞の中にちょうど同じような象徴的なフレーズがあるので、アメリカ人には感慨深いものがあるのでしょう。ところで自治会の盆踊りの団旗掲示の件ですが、私は個人的には別に何も問題はないのではと思います。むしろ掲示したほうが子供達の日頃の活動を地域の皆さんに紹介する良い機会にもなると思います。何もこれを見て盆踊りが大芝原自治会の主催だと誤解する人もいないのでは・・・!自治会という小さな単位ですが人のからみで難しさは国政と同じこと、今後とも自治会のホローよろしくお願いします。
硫黄島の摺鉢山に掲げられた「星条旗」は、日本軍が2度にわたって奪取をし
「日章旗」にかけ替えられており、この「最後の旗」は血に染められた赤茶色の日輪が描かれた小振りの「日の丸の旗」だったそうです。「日章旗」に対する思いは、現在の日本人にとっても受け継がれているはずです。そして2度目か3度目に6人で掲げている「星条旗」がご存じの「大きな星条旗」のようです。大和魂は不滅ですからなんともやるせないのは同感です。
なるほど、そお言うことですか。いろいろ参考になります。有難う御座いました。