茶飲み話・浮世

 

人生も70歳後半になり、そろそろゴール地点が見えてくると自身の生き様を振り返るようになる。「はたして自分の人生はこれで良かったのか?何かやり残したことはないか?」などだ。しかし私の場合は概ね自身が考えた通りの人生を歩んできたと思う。通常大半の人々は学校や社会に帰属する生き方を選ぶが、私の場合は極力組織から離れて生きる道を選んできた。若い頃は山奥にこもり仙人のような生き方を夢想したが、全く組織にかかわらないで生きることなど出来ないのでいろいろ悩んだこともある。

私の原点は市川高校2年生の時の担任である岡垣先生の指導にある。彼は生徒に人生は自ら思考して、意識の赴くまま自由に生きるころを説いていた。そして彼の薦めた書物がニーチェの「この人を見よ」である。要約すると「人は既に存在する価値観を根本から問い直し、人間の可能性を最大限に引き出そうとするものである」最初はほとんど理解せずにいたが、徐々に彼の本質に触れてみたいと思うようになっていた。

そして大学に進学すると経済学の講義などそっちのけで、哲学や文学書を小脇に抱える生活を送った。おかげで大学時代の楽しい思い出などあまりないが、早い段階から自身の生き方の指針が見つけられたような気がする。せっかくの一度限りの人生だ!世の中の常識などにとらわれず自由に生きることを優先しようと心に決めた。人生で一番大切なのは自由な時間である。お金は無駄な時間を排除できるので有用だと思っていた。

要は人生など小難しいことはいらない。自分のしたいことをして楽しんで生きれば良いのだ。でもそのためには戦略も必要、何となくの船出は海原をさまようばかりで徒労に終わる。初めに最終目的地を定め、数年ごとに海路図をチェックし、歩みを確認する努力が必要である。途中の道草も良いが自ら定めた初心は決して忘れない事である。

工房の展示室のブラインドを開けると目前に深い森の緑が、わずかな真夏の木漏れ日のなかで揺れる。目を細め過ぎ去った日々を思い返すと、あの時思い描いた未来はおよそ実現できていると思う。たいそうな志を持つでもなく、好きな事をして生きたい!と望んだのでこの程度であれば上出来である・・・。(まだゴールにはしばらくの時間が残るので、このまま抹茶でも頂きゆったりと作陶したいと願っている。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

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