
茶飲み話・参議院選挙
先週参議院選挙があり、けっか与党の圧勝で終わる。選挙直前に安倍元総理が凶弾に倒れ、その弔い合戦による同情票が自民党に流れたのでは?との報道が多く聞かれた。これで憲法改正に必要な獲得議席を与党が握り、いよいよ念願の憲法9条などの刷新が現実味を帯びてきた。戦後日本を骨抜きにするために、戦勝国によって押し付けられてきた絵に描いた餅の、平和憲法ともこれでやっと決別できそうだ。
中国、ロシア、北朝鮮など周辺独裁国家が日々軍拡を進める中、わが国だけはいまだに正式な軍隊を持たず、丸腰で「相手も人間だ!」話し合えば分かり合えるなどと公言する、共産や立憲などの左派政党議員の時代認識の劣化には政治嫌いの私でも、あきれるばかりである。
「いよいよ参議院が廃止になり、代わりにAIが法案のチェックをすることになりました!」これは203Ⅹ年、私が想定する未来予測である。国連と同じく税金無駄遣いの参議院は無用論の声が高まり、ついに量子コンピューターによる法案の審査が実施され参議院はすべて解散された。はやくこんな日が来るとよいです。戦前の貴族院を引きずる参議院など、特権階級の既得権温存だけで何の利点も無い。チェック機能だけならコンピューターの方がずっと信頼できる。
今回の参議院当選者の中にも、おかしな人が何人もいる。元タレントの生稲晃子、山本太郎、そしてスッパ抜きのガーシーなどだ。このような状況を見るにつけ、やはり参議院など必要ないという思いがつのる。しょせん欲深な生身の人間の考えていることなど知れている。議員バッチを付ければ新幹線などの鉄道利用もタダだし、6年間も美味い飯が喰える。
しかしN国党のガーシーのことはよく分からない。彼はいまドバイに住んでいて参議院議員になっても今のところすぐには帰国しないようだ。彼が帰国すると詐欺容疑で逮捕される可能性もあるらしいが、国会議員は基本国会開催中には議員特権で逮捕されることはない。どうせなら国会議員と売れないタレント女のゴッシップを全部暴露すると面白い。(政治家に清廉潔白を要求する現代、無垢なAIでないと勤まらない?勝田陶人舎・冨岡伸一)
安倍晋三

茶飲み話・安倍晋三
「いやあ、大変な事件が起こりましたね」私がもっとも信頼していた政治家の安倍元総理が、参議院選の候補者の応援に奈良に駆けつけたところ演説中に暴漢により、凶弾に倒れるという事件が発生した。まさか銃規制の厳しい日本でこのような事が起こるとは信じられないが、ゆるい警備のすきをつかれ緊急手術もむなしくお亡くなりになった。
安倍さんといえば「モリトモ」や「サクラを見る会」のバッシングは異常に激しかった。昼のバラエティー番組では半年以上もこの問題が主題になり毎日放送を続ける。たった数億円の利益誘導の問題でなんでこれほど騒ぐのか?私は理解できずにいた。まして安倍さんがその金を着服したわけではない。なのにこの騒ぎは何か裏があると考えていた。
愛国主義者で日本の行く末を非常に憂慮する政治家の安倍さんは、世界を意のままにしようとするグローバリストや中国共産党にとって凄く目障りな存在であった。そのためその指導力を失墜させようと、新聞やテレビなどあらゆるメディアを使って、イメージダウンを演出する。今のテレビ局などはすでに中国共産党に忖度する構図ができあがっていて、反中など表立って報道できない現実がある。
そのような状況を認識している安倍さんは、国会での野党からの執拗な追及にも声を荒げることは無く、真摯に受け答えをしていた。一般市民はまだ認識して無い人が多いが、今の経済界、マスコミ、政治家には中国から資金が流れていて、彼らの意向にそうように世論作りが進行していたのだ。この流れに歯止めをかけようと矢面に立っていたのが、日本民族の誇る安倍晋三さんであった。
こうなると安倍さんの後ろ盾を持つ、私が応援する高市早苗さんの総理大臣就任も遠のくかも?台湾の蔡英文さんのように日本も女性総理に一度したほうが良かったのに残念だ。女性は男性政治家のように中国訪問の折、ハニートラップにかかり裸の写真撮られてないので中国に弱みを握られてない。これは冗談!(安倍さんがいなくなったあと、日本の将来が心配になる。勝田陶人舎・冨岡伸一)
坊主頭

茶飲み話・坊主頭
われわれ戦後生まれの団塊世代が子供の頃に髪床屋に行くと、ほとんどが前髪を真直ぐに切りそろえた坊ちゃん刈りか、丸刈りの坊主頭であった。少年時代から自分のスタイルにはなんとなくこだわりを持っていた私は、丸刈り坊主頭が大嫌いでずっと坊ちゃん狩りで徹した。しかし問題なのは中学生である。当時は公立中学をはじめほとんどの中学が校則で男子は丸刈りと決められており、それから逃れるすべはなかった。
ところが自宅近くの私立市川中学だけは、ダンディなロンドン帰りの校長先生の判断で、数年前から調髪が許されていたのだ。そこで担任の先生の「お前には無理じゃねえ?」の言葉を押し切り、生まれて始めてちゃんと机の前に座り受験勉強に取り組むことになった。するとみるみる成績が向上し卒業する3学期にはなんとか受験に通った。
「お前はやれば出来るんだね?」と担任に渡された三学期の通知表を開いた時の驚きは今でも忘れない。そして中学に進むと、東大出たてで若い担任の吉岡先生は「冨岡君、冨岡君と」なにかと褒めてくれた。でも明らかにヒイキされるのも、目立ちたがり屋でない私には少々負担に感じたのだ。ところが2,3年と学年が進むとまた根っからのサボり癖が目覚め、だらだらと成績が落ち込んいき、再び勉強に集中するのは高校二年生の後半まで待つことになった。
その頃のなると急激な時代の変化とともに公立中学や高校でも、坊主頭の校則が撤廃され、髪を七三に分けるため櫛をカバンに忍ばせて登校することが流行した。そしてアメリカからはどんどん新しいカルチャーが流入しそれをまねる。特にアメリカの私立探偵テレビドラマ「サンセット77」に登場するガレージボーイ「クーキー」の髪型と櫛の使いこなしのまねをした。
そしてその時代に若者の間で流行ったのが、新しく登場した整髪料「バイタリス」である。それまでは男性の整髪料といえばベタベタとしたポマードが主流で、どくどくの油の臭いがした。しかし子供の頃からの行きつけの床屋では、流行の髪型「ケネディーカット」は対応できないので、若い店主の床屋「オリオン」に鞍替えする。(千円床屋に代えた今でも頭髪にはこだわりを持っている。最近ではソフトモヒカン刈りで!とオーダー。勝田陶人舎・冨岡伸一)
半泥子

茶飲み話・半泥子
私が陶芸を始めたのは40才になった頃である。当時は仕事も軌道に乗り一段落したので、自身の将来を見つめ一生できる趣味はないかと思案のすえ、選んだのが作陶であった。そして姉の紹介で師として門をたたいたのは、東大出で姉とおなじ市川美術界の役員であった延原拓二氏である。彼は通産省の役人を55才で退官した後、文献などを読み漁り、独学で陶芸家を目指した変り種である。
入門して数年たったある日、知人にユニークな陶芸家の個展が開催されているからと連れて行かれたのが、デパートの催事場で行なわれていた「川喜田半泥子」の抹茶碗個展である。それまで抹茶碗などにあまり興味ど抱かなかった私であったが、展示品を順番に見ていくうちに抹茶碗の奥深さに魅了され、「自身の晩年の課題はこれだ・・・!」
「川喜田半泥子」という人物は本名が久太夫政令といい、三重の豪商の家に生まれた実業家や政治家でもあった陶芸家である。仕事の傍らおもに抹茶碗を作り続け多くの名作を残している。そういう意味では元総理大臣の細川さんにプロセスが似ているので、たぶん細川さんが半泥子からインスピレーションを受けてのことではないかと、勝手に推測している。
「冨岡さん抹茶碗というものは、その人の人格の反映なんです」とは私の師匠の言葉であった。「すると何かい?凡人は抹茶碗など触るなということですか!」と返したくなったが、この歳になるとその意味が分かるような気がするのだ。抹茶碗作りは若い頃からの専業でやるよりも様々な人生経験をし、心根を磨いたほうが味わい深い作品が生まれる可能性もある。
私の師匠も半泥子も細川さんも、みなさん専業の陶芸家ではない。そこで私もその末席に加わりたいと思うのだが、彼らと比べるといささかコンパクトであるのはいたしかたない。すでに年齢的にはとっくに盛りを過ぎ、今さらその領域を広げるわけにもいかない。(最近ではまた原点に立ち返りオーソドックスな茶碗をひねっている。何が良いのか、悪いのか?知らぬ存ぜぬ!で人生楽しんでいる。勝田陶人舎・冨岡伸一)
ジェイソン

茶飲み話・ジェイソン
「厚切りジェイソン、ネットでフルボッコ!」という記事を見た。なんでもあのお笑いタレントで「ホワイ、ジャパニーズピープル」と切り込むジェイソンさんが昨年出版した投資本に批判が殺到しているそうだ。その時ジェイソンさんは値上がりを続ける米国株投資信託VTIを日本人に進め、それに乗った人が多くいたらしい。
ところがその時を境に米株は下がり続け、現在では損失を抱えている人がかなりいるという。そこでネットでスレがたち騒動になった。人に投資を薦めるのは本当に難しい。自分が投資で儲かり他人にも進めたときは、多くの場合その時が頂点でそこから下落する。かといって値が下がりをして見向きもされない投資対象を、人に勧めるわけにも行かない。
「日本人は本当にお金や投資の話をしませんね!」アメリカでは自宅に芝刈りに来る庭師が銀行に勤める家主に、「これからアップル株は上がるのだろうか?」などと普通に聞いてくるという。私も若いころヨーロッパにはよくでかけたが、ホテルで朝食をとると隣の席に座るアメリカ人に笑顔で「今日ダウ平均200ドルも上昇したね」などと挨拶代わりに話しかけられたこともある。
その時の印象では「この人たちは挨拶代わりに株の話を初対面の人とするんだ」とカルチャーショックをおぼえたことがある。私も金融、経済の話は嫌いではないが、初対面の人に挨拶代わりに「日経平均上がりましたね」などと今だに言ったことはない。株式投資など日本人にとっては影でこそこそするもので、口外しないのが常である。
参議院選も近づいたが争点は「日本人は昔のように一億総中流!豊かになるのはどうすべきか?」だと思うが、お金に執着しない美意識を持つ日本人庶民が全体的に豊かになる術などないのでは?お金にこだわる一部の金持ちは益々富み、金融に無関心な庶民は貧困にあえぐ。(投資でも汗水たらして働いても、苦労だけで儲からない時代になった。勝田陶人舎・冨岡伸一)
