芭蕉

月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて向かうる物は、日々旅にして、旅を住み家とす・・・。これは松尾芭蕉の「奥の細道」の序文であるが、人生を旅にたとえて生きてきた私自身も歳を重ね、そろそろその終着点が望める道程までたどりついた。残り時間をいかに有意義に過ごすかは、すべてのシルバー世代同様の課題であるが、人それぞれにその解釈の方法は異なると思う・・・。

私は朝起きるのが早い。通常午前二時には起床する。そして居間のテーブルの椅子に腰をおろし一息つくと、その日の気分で食器棚から気の向くままに選んだ自作の茶碗で抹茶をたてている。でも茶道を習ったわけではないので流儀は特にない。また夕方には同じく自作のグイノミを手に取り、好きな日本酒をそそぎ飲む時間が今の私の生きがいになっている。

しからば残りの人生はこの課題に取り組むことにしたい。抹茶碗とグイノミを自身のために日々気の向くまま作り続ける!すると10年、いや20年後にいったいどんな器を作っているのか想像するだけでも興味が沸く!この歳になると過度な物欲、金銭欲や名誉欲などは過去のどこかにおいて来た。あるのはたっぷりな自由時間と少々の創作意欲に向上心である。もう大きな作品などを作る必然も感じないので、これからはすべてが手の平サイズで十分だ。

このブログも早いものでもう3年半が経過した。そろそろ過去の記述もネタ切れになってきたので、4月からは新しく製作する抹茶碗やグイノミの写真と、世の中の出来事に対して私がどのように感じるのか?などを老いを迎える団塊世代の視点で記述したいと思っているので、引き続きのフォロー宜しくお願いします。

写真は抹茶碗とグイノミをセットで作ってみた。(勝田陶人舎・冨岡伸一)

“芭蕉” への1件の返信

  1. 四月からの「新しい制作される抹茶碗とグイノミ写真、そして世情へのコメント」楽しみにしています。今、七十二侯の桜始開です。クライマックスは満開桜の花吹雪ともいわれます。この状況を戦前は「みやび」、戦後は「儚い」と多くの人が想起しているとのこと。人生の終わりは”みやびな花吹雪”で飾りたいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です