思い出
「冨さん、この街ではこの曲、歌わないほうがいいわよ」突然のママの言葉に戸惑っていると「ほらさあ・・・、いろいろあるでしょう?」私が歌手伊東ゆかりの「小指の思い出」という曲をカラオケでリクエストした時のことである。まだバブルがはじける以前の話し、神戸の靴メーカーの社長と一緒に夕食の後、神戸三宮にあったアズサという行きつけのクラブに行ったが、この日は四席あるボックスは満席だった。席の空くのを待つあいだカウンターに腰掛けママと雑談中に、カラオケを歌う順番が来たので曲名を伝えた時の返事がこれだった。「無い人がけっこういるのよ」と小指を立てささやいた。そうだここは地元か!
かつてこの曲を店で歌い、その筋の人にいやみを言われた客がいたという。若いときからの伊東ゆかりのファンでこの曲は時々歌っていたが、考えてみるとこの曲は何か歌詞が変だ。「貴方が噛んだ小指がいたい、昨日の夜の小指がいたい」だいたい彼女の小指を噛む男などいるのか?よほど変わった奴だなそいつは!「そっと唇おし当てて、あなたのことを偲んでみるの・・・」まずい!確かにまずい、曲の裏に何かを暗示している。手足の一部などを失った人に聞くと、時々無いはずの部分が痛む時があるという。思い出されても困るので、それからこの曲を歌う時には周囲の状況などを、見回すことにしていた。
私の母親は京橋木挽町の生まれで家業は牛乳屋。子供のころ隣は博徒の親分の家であったと語り始めた。普段その夫婦は普通に生活していて、母親や幼い兄弟達を可愛がってくれていたという。しかしその家ではたびたび賭場を開いていて、母がたまたま隣家に上がりこんでその様子を見ていたときの事、突然何人かの警察官入り口を開け侵入してきたという。すると怒号を背にあわてて一目散に窓から逃げていく男達を見て、びっくりしたことがあったそうだ・・・。先日京成電車に乗ると痩せこけた老人が私の前の席に腰をおろした。白い無精ひげの顔から彼の手に視線を移すと、その左手の小指と薬指の第一関節が消えていた。「そうか、この老人も若い頃は相当ヤンチャであったのだろう?」と推測した。
今はその筋では落度があってもお金で解決、小指など落とさないという。
写真は母の思い出の品、三味線の本とバチです。(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎)