戦後しばらくはまだ日本では車の生産も僅かで、自動車といえば進駐軍の払い下げたアメ車か、荷物運びに使うオート三輪車ぐらいしかなかった。道路はまだ殆ど舗装されておらず、雨が降るとぬかるんで車は泥だらけ!まだ荷馬車も現役で使われていて、道の所々には馬糞も落ちていた。本八幡駅前の狭かったロータリー広場のタクシー乗り場には自動車に混じって輪タク(自転車を改造して運転手の後ろに人力車の座席を取り付け白いホロを被せた)という奇妙な乗り物もタクシーに混じり何台かが客待ちをしていた。市川の街の旧市街は千葉街道以外どこも道が狭く、自動車よりこの輪タクの方が使い勝手が良かったかもしれない。

「おーう、良い匂いだね!」などと突然わが家の斜め前の空き地に止まった黒塗りの外車の後ろに回り、排気ガスの臭いを嗅いだ!(当時排気ガスの臭いはこれからの来たるべき、車社会を予見させる新しい時代の香りを感じた)すると中からおじさんと自分と同じ年くらいの男の子が、ドアを開け出てきた。実はこのおじさん今から考えるとヤクザの幹部で、子供達が遊び場にしていた千坪の旅館の跡地をめぐり所有権を争っていた。土地の入り口にはすでに仮小屋が建てられ、手下の若い衆の何人かが番をしていた。子供なので理由も分からず、中に入り窓越しに眺めていると、若い衆は車座に座り花札賭博に夢中。しかしひと月もすると土地の登記も解決したのか突然引き上げた。

「お前ら、車に乗りたいか?」そのおじさんの子と遊んでいると、小屋から出てきた幹部が声をかけてきた。「じゃあ、乗せてやるから後ろに乗れ!」友達何人かで始めて乗用車に乗りはしゃいでいると、車の着いた先はなんと江戸川堤の上だった。「よーし着いたぞ!」車から降りて久しぶりに見る川の流れや対岸などを眺めていると、「お前らこのバケツで川の水を汲んで来い!」突然おじさんに命令された。整備される以前の土手は急勾配で草が生え滑りやすい。土手を転がるように降りてバケツの水を運び上げると、おじさんはその水で丁寧に洗車をする。「車に乗せてやるからと、喜んでついてきたら水汲みの使役労働つきか!子供をダシに使いやっがって」と思ったが、何回か往復した。

その頃はまさかマイカー時代などが来るとは夢にも思わなかったが、これから何年かすると空を飛ぶ車も登場するとか・・・!

(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)

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