茶飲み話・トレンドⅡ

私は若いころから流行には敏感で、常にトレンドを意識して生きてきたと思う。小学生の頃にローラースケートが流行ると、最初は姉と一緒に電車に乗って後楽園のスケート場に通い、五年生からは友達を誘った。中学ではアイススケートとスキーに興味を持ち、長野の菅平スキー場にも何度か出かけてスキー学校にも入った思いでもある。高校生になる興味は車とファッションに移る。自宅にスバルがあったので16歳の時には車を乗り、同時にアイビールックが流行ると真っ先に飛びついた。

それから大学生になると当時流行った学生運動でデモに参加し、飽きると船に乗りアメリカにも出かけた。勤め始めてからはパリで日本人デザイナー高田健三の活躍が伝わると、お堅い原油輸送会社を3ヶ月で退社し、全くの思いつきで婦人靴のデザイナーに転進した。このように常に流行には敏感であったが、ポリシーと一貫性などはまるでない。ようは魚も生き方も鮮度が重要と考えていたのである。

「これからは情報化社会になるのか?」たぶんそれは1980年だったと思う。当時仕事がらファッション情報の収集には本屋通いが欠かせない。そこで新刊本などは常にチェックするが、その時一冊の書籍が目に留まった。「第3の波」アルビン・トフラーである。この本は私にとって衝撃的内容だった。人類は農業革命、産業革命そして今後、第3の波である情報革命の時代が来ると明記されていた。

その頃はまだパソコンの普及もなくスマホなどは夢物語である。しかしそれから40年経過すると、ソーシャル・ネット・ワークで世の中は網羅され、まさに情報化革命の真っ只中で生活するようになった。でもさらに時代はドンドン変わっていき、次はバーチャル・リアリティーの世界が拡大する。あと数年もすると人々は現実世界の他に、新たに作られる仮想社会で時間を過ごすようになる。

「私も気がついてみると、世の中にずいぶん遅れてしまった」と先日尊敬する脳科学者の養老孟司さんがポツリと語った。「頭脳明晰な養老さんでも時代についていけないと感じるのか?」と正直驚きでもある。我々世代が生きてきた道は過去のどこかで枝分かれし、後ろを振り返っても既に若者達の姿は全く見えない。彼らは別ルートを選んで進んで行き、熟年層の我々は深い森の奥に取り残されたのだ。(このままここで野たれ死にたくないので、引き返して彼らの後を追ってみたい!勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

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