茶飲み話・飲茶

「うーん、このお茶碗なら良さそうだ」と成形したての茶碗を手のひらに乗せ、目線までかかげる。もうこのような作業を続けて10年になろうか?でも今だに納得のいく器との出会いはない。私は茶人ではないのでとりあえず茶道の視点での茶碗作りは脇に置く。あくまでも自分で使って気に入ればよいのだ。誰の要望を聞くでもなく、ひたすら自問自答を続けるから飽きずにいる。

思えば私は青春時代から俗世間からはなれ、孤高に生きることを理想としてきた変わり者である。あえて先達をあげれば方丈記の随筆家・鴨長明の晩年のすごし方あった。人里離れた場所に庵を結び、琵琶など弾き執筆と夢想の中で日々を送る。そして浮世とはなるべく接点を持たない。でも実際にそれを行なうべく環境を整えると、孤独で生きることが快適だとも思えない。

鴨長明の生きた乱世鎌倉時代初期と現在とでは、なんとなく類似点が多い。たとえば大地震や火山噴火の心配、食料・エネルギー不足による飢餓、コロナなどの疫病流行、戦での市民に対する理不尽な殺戮など枚挙にいとまがない。そして最近ではロシアの核兵器使用まで問題視され、まさに鎌倉時代の阿鼻叫喚の再現すらあるのだ。

「まっ黄色な外壁の住宅もありか?」危機と背中合わせの時代には食料備蓄して巣篭りがベストだが、民家から少し距離を置くわが工房界隈にも宅地造成の波が押し寄せてきた。新しく建つ住宅を眺めると外壁の色が黒を中心に、黄色や青の派手な色でまるで置かれた積み木のようだ。掲示された室内の間取りも、畳部屋など見当たらない。これでは茶道で伝えられる日常生活での所作も歴史の中に消える。

でも茶道が衰退しても抹茶を楽しむ心は大切にしたいものだ。近年日本人があまり抹茶を飲まなくなった主因は、堅苦しい茶道の流儀にあると思う。茶道の立ち居振る舞いは、忙しい現代人とは共振しない。「みなさん、健康のために毎日抹茶を飲みましょう」とシンプルにマッチャドリンクをすすめる。そして外国人を含め多くの人が飲茶を楽しめば、立礼よりもっと簡素な茶道生まれるかもね?(写真・手作りの立華風盆栽。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

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