つれづれなるままに、日暮らし硯に向かいて・・・。さてと、今日はどんな話題を書いてみようか?迷う。いま世界は百年に一度あるかないかの混乱期にあり、世の中は日替わり弁当で刻々と変化している。でも良いニュースは殆どなく、バッドニュースばかりが伝わって来る。たまに覗くテレビ画面は相も変わらず平和な日常を映し出すが、こんな事していて本当に大丈夫なのか?と不安な気持ちを抱えている。
何が起こるか分からないから油断するな!油断とはすなわち油を絶たれることであり、もし中東からの原油が断たれれば我々の日々の生活は一変する。我々団塊世代は戦後の混乱期を知っているので、二度とあの時代に戻りたくはない。でも我が国が当時のように米軍の空襲により焦土になった訳でもないので、燃料が無くてもまだましなのかも知れないのだが。
私の幼児の頃は灯油もガスもないので燃料は主にマキを使っていた。当時は各家庭にはまだカマドがあり火をおこし、お釜でご飯を炊いたていた。その後しばらくすると七輪が登場し、石炭の粉を丸めた豆炭や炭団、練炭へと変わっていった。そして昭和も30年代になるとプロパンガスが普及し、手間のかかる朝の火起こし作業から解放されていった。ガス管が我が家に敷設されたのは昭和も40年頃だと思いう。
お隣中国ではニイハオの挨拶の言葉のほかにツウラハンラマ、飯食ったか?という挨拶言葉がある。人口の多い中国の歴史を見ると常に庶民は飢えとの戦いであった。特に毛沢東の時代には政策の失敗により5千万人もの餓死者をだしている。中国人民が飢えから解放されたのは鄧小平により改革開放が進められた近年の事であるが、最近の習近平の内向きな政策により経済が疲弊し、再び庶民の生活は貧困に逆戻りしている。
トランプ大統領の迷走により一喜一憂のに日々が続くが、イラン戦争は簡単には終結しないと思うので最悪の事態を想定し、備えあれば患いなしの心構えで備えるべきだと思う。いま我が国では少子化問題が叫ばれているが、実際にもし食べ盛りの人口が多かったらこれから日本の未来は大変かもね?。(イラン戦争が一時停戦されたて原油価格が下がったが、日々変化するので先の事は分からない。勝田陶人舎・冨岡伸一)
