以前一年間、滞在していたイタリアの都市ペルージアのあるウンブリアは地方は、なだらかな丘陵地が続く。そのため低い場所の小麦畑の他は、殆んどがブドウ畑である。そしてその山すそには比較的乾燥に強いオリーブ畑も点在していて、典型的なイタリアの風光明媚な田園風景を映し出していた。イタリア半島の中南部ではいたる所にオリーブの木が植わっていて、オリーブの実はたくさんとれる。そのため当然オリーブの実は廉価で、例えばコーヒーやアルコールなどが飲めるバールのカウンターには、塩漬けの種付きオリーブの実が山盛りに入った器がカウンターに置いてあり、ビールのツマミに勝手に少量取ることができた。最近は我が家でもサラミや生ハムの添え物に、皿に乗った種無しオリーブが登場することが多くなった。
「次は俺の番だ!」シェーカーを振る姉の手さばきをじっと見ていた。そのころ二十歳を過ぎた長女はサントリーのカクテル教室に通っていたので、家に帰ると練習のためによくシェーカーを自宅で振っていた。「シェーカーは8の字型に振るのよ」と言いながら姉はその手を止めると、シェカーのキャップをゆっくりと開け、カクテルグラスに注ぎいれた。「これがマティーニか?」まだ高校生だった私はアルコールは、父親にたまに進められるビールぐらいしか飲んだことがないので、当然酒の味など分かるわけがなかった。でもその時このマティーニの中には、始めて見るオリーブの実が一個入っていて、緑色のその実の中央が不自然に赤くなっていた。そのときはあまり気にも留めずに口に含んだが、別に印象に残る味でもないと思った。
それから時が経ってオリーブが一般に出回り始めると、オリーブの実のセンターに種を抜いたと思われる穴が開いただけのオリーブの実も、同じビン詰めで見かけるようになった・・・。「するとあの赤い部分は何か別の素材なのか?」疑問に思い調べてみると、赤い部分はパプリカが詰められており、あくまでも飾りらしい。イタリア滞在中にはパプリカの入ったオリーブなど殆んど見かけなかったので、どうもカクテル用の飾りのオリーブではないのかと思う。確かにジンベースのマティーニは殆んど透明なので、カクテルグラスにただ注がれても味気ない。イタリアでは種つきオリーブなどタダ同然。それが種を取ると値が上がり、穴にパプリカを詰め装飾すると高級品に化けるのか?あの小さい実の種を抜き、パプリカの小片を差し込むのは確かに手間がかかりそうだ。
でも実際にはオリーブの値段はその産地やメーカーによるところが大きく、オリーブオイルも含め、その値段はピンきりで分かりにくいことが多い。
(勝田陶人舎・冨岡伸一)