
鰻のスープ

器を作ってみませんか
「なんだよこれは?」目の前に出された白いスープに、日本人の友だちと顔を見合わせる。イタリアミラノの靴学校に研修に行っていた時のこと、昼食にはいつも近くの同じレストランに通っていた。するとその店のルイジという名のシェフと知り合いになった。そこで日本から持ってきた醤油の小瓶を差し出しボトルキープをお願いすると、「べーネ!」と快諾してくれた。それから我々がテーブルに着くと、料理と一緒に醤油ボトルを持ってくる。パスタには醤油を少しかけて食べたりしていたが、ある時彼から素晴らしい提案があった!どこで聞いたのか?「日本人はウナギが好きなんだってなあ!今度ウナギの料理、作ってやるから!」とにっこり笑った。
ミラノでウナギの蒲焼が食えるのか?楽しみに待っていると、数日後出てきたウナギはなんと白いスープ仕立て!見ると中にはウナギのぶつ切りが煮込んである・・・。「そうだよなあ、蒲焼など出てくるわけが無い!」期待しいた俺達がわるい!恐る恐るスプーンで口に含むと、奥からルイジがじっとこちらを見ている!目が合ったのでウナギをすくい上げガブリと食いつく・・・。笑顔で旨いというジェスチャーをすると、納得顔で厨房に消えた。友だちが「旨いか?」と聞くので、まあまあだと答えたが「油っこいウナギにミルク入りの濃厚なスープはどうだろう?」と首をかしげた。
私はウナギ好きで毎年、新年に成田不動尊にお参り行くと必ず昼食にはウナギを食べる。成田山の参道には沢山のウナギ屋が並ぶが、その中でも私が立ち寄るのが山門の左手にある駿河屋というウナギ屋である。ここのウナギは非常に旨い!仕事が丁寧で、見た目も美しく身が柔らかでふっくらしている。そしてウナギにかける山椒もまた格別だ!通常山椒の粉は茶色だがここのは緑色で、香りも強く見た目も美しい。会計時にはこの山椒をついでに買って帰り、牛肉料理などにも降りかけている・・・。ウナギを食べると「ああ!日本人に生まれてよかった。」とつくづく感じる瞬間でもある。
最近では外国人もウナギの蒲焼を好む人が多くなった。ウナギの完全養殖が普及する日の来ることを願うばかりだ。(千葉県八千代市勝田台。勝田陶人舎)
私が今まで生きてきた半生で、いつの時代が良いかったか?と聞かれればそれは迷うことなく、30年前のバブル崩壊に至る前の時代を上げるだろう。確かに当時は私も働き盛りで歳も若く活力に満ち溢れていたが、それよりも会社の終身雇用や賃金、社会保障制度などが今より充実していたと思う。日本人は単一民族で一億総中流などと称し、累進課税も強く大金持ちもいなければ貧乏人もいない、どこの家庭でも大体右並びでそこそこ豊かにくらしていた。ところがバブルとベルリンの壁が崩壊すると状況は一変してくる。特に鄧小平の中国が改革開放政策を打ちだすと、その巨大な安い労働力が自由主義市場へと流入してくる。すると労働集約型の多くの仕事と富が日本から中国へと流失していった。
「ええこの靴、これで5千円か?」今まで一定の値段で売られていた靴や衣料品などの労働集約型の商品や雑貨などが、どれも値崩れを起こし安く買えるようになった。このことは消費者にとっては歓迎すべきことであるが、同時に国内の手仕事も減る。大資本のコンビニなども激増し、個人商店や手作業などで生計を立てていた人は転業を迫られた。就職氷河期と呼ばれる時代がおとずれ、日本は失われた20年になる。この間に累進課税がゆるくなり金持ち優遇税制が実行され、消費税が導入される。そのご会社が儲かっても利益は役員の給料と内部留保に回されて、一般従業員の平均給料はほとんど昇給しない時代が続いている。金利や物価も上がらないので、ある意味バランスは取れているのだが。
そして時の自民党政権が、このような構造的な景気の問題を根本的に考えることなく、景気刺激策として膨大な公共投資に資金を投し続けてたため、国はいつの間にか巨額の財政赤字を抱えることとなった。現在赤字国債を含め年間90兆円の国家予算が立ているが、その十倍以上の借金があっては将来年金など福祉に回せるお金も滞る・・・。現在は科学技術などの進歩によりどんどん便利な時代になっている。しかし働く人間にとっては薄利でノルマもきつく、祝日が多い割りには実際には労働時間も短縮されてない。一人の男が働いても家族を養えないので殆どが共働き!女性も子育てと仕事のストレスを抱えて大変だ。もし家族の(幸福度指数)というものがあって指数をはじき出したら、もう日本はとっくに峠を越えて下り坂だと思う。
もうすぐAI、ロボットがあらゆる職場に進出してくると、10年後には簡単なルーティンワークなどの仕事はなくなる。今度は中国人でなくロボットに仕事を取られる・・・!さて、明日はどんな仕事をすればよいのか?(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)
先日、トルコのイスタンブールのサウジアラビア領事館で同国の反体制ジャーナリスト、カショギ氏が生きたまま体を切断され殺害された。最近高齢のサルマン国王の変わりに政権を掌握し始めたムハンムド皇太子は、非常に野心家で彼の政敵になりそうな人物をことごとく追放し始めている。そのような行動を批判したためにカショギ氏もまた消された。サウジアラビアはイスラム原理主義の国家でイスラム法により厳格に国家が運営され、女性差別や言論弾圧が続いている。しかしこの国は世界二位の産油国で日本を初め多くの国々では、この国の原油供給に頼っているため、声を大にして批判も出来ない状態である。民主主義国家で言論の自由を標榜するアメリカのトランプ政権もなんとなく及び腰であるが、彼自身もまた独裁者の資質を持っている。
今世界を見渡すと言論が弾圧されている独裁国家が実に多い。中国、ロシア、北朝鮮、シリア、サウジアラビアなで多くの国々で政権の批判などは出来ない。しかし民衆の間ではスマホなどネットによるコミニュケーションは活発に行われている。でもこれが政権批判などに向くとすかさず弾圧の対象となる。どうもこれからのネット社会は民主主義の進展でなく、独裁主義管理体制の維持に都合のよいシステムであるということが、徐々に明らかになりつつあるようだ。その試金石は中国の周金平政権で、AIやネット社会をうまくコントロールすると逆にその言論統制を強めることが出来るらしい。
中国の目覚しい経済発展は周主席の世界制覇野望の基、国民が一丸となって突き進むエネルギーがその原動力になっている。誰にも批判できないので素案の決定が早く、いちいち議論などする必要も無いので効率が良い。人の良い安部首相がつまらないカケイ問題など、些細なことをいちいち答弁してるうちに、中国はどんどん海外の技術を盗み取り国力を高めている。なんでも話し合って決める民主主義ははなはだ効率が悪く、優秀な独裁者にはしょせん勝てないかも・・・。尖閣を差し出し昔の様にまた距離的に近い中国に遣唐使を送り、アジア人同士中国の子分になってに生きるほうが日本人にとっては平和かも?またはアメリカと組んで民主主義を守り抜き、今までどうり米軍基地を残しアメリカに頼って生きるか?近い将来本当の意味でその決断を迫られる日が来る。
人類の歴史の中で民主主義などフランス革命以降300年、日本ではたった70年である。高速で変化するこれからの時代、治世にとって本当に民主主義が効率的で理想なのか疑問も残る?気がついたらカマキリがもうそこにいるのだ!(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)
我々が小学生のころ習った社会科の授業では日本の人口密度はオランダ、韓国についで世界三位!このまま人口が増え続けつると、食糧不足になり大変だと先生の説明があったのを憶えている。それにより戦後は避妊教育や産児制限、優生保護法の施行など人口抑制が奨励された。江戸時代は日本の人口増減は余り無く、三千万人ほどで安定的に推移している。貿易もせず鎖国状態で生活するにはこの数の人口が適切であったのだろうか?明治以降は欧米の列強に追いつけ追い越せという富国強兵論で(生めよ育てよの号令のもと)子沢山が奨励されて人口はどんどん増える。そして日本の領土ではこの人口を賄えないので、満州など大陸に進出し大戦の引き金を引くことになった。
「うちの子結婚しないのよね。誰か良い人いないかしら!」今の時代同世代の何人か寄れば必ずこの話が出る。国の政策通り事が進んで半世紀以上経ったころやっと人口が減り始まると、今度は人口減少にどう歯止めをかけるのか?議論され妊活や不妊手術という変な現象まで生まれてきている。(真に勝手なもんだ、物事そんな計算通りには行かない)実際にもし若い人がどんどん子供を作り人口が増えたら、その方がずっと将来困るはず。私は歓迎すべき現象であると思うのだが、国は右肩上がりでないと国力が衰えるという。人口が減って土地が安くなり、一人当たりの使用面積が増えて広く住みやすい環境になれば、どこかで反転して人口はまた増える。
今の若い女性は結婚願望が薄い。自分の欲求を優先すると女性にとっては家庭を持つことは負担増でしかなく、一時的に自己実現の可能性が殆ど削がれる。そのため目的意識の強い人は家庭を持つことにメリットを感じない。最近の若い男性は子育てにも積極的に参加しているが、女性も働かないと家計のやりくりが難しく、結果的には女性の負担軽減には繋がっていないのが現状だ!昔ヨーロッパで出会った日本人の青年で、イスラエルのキブツ(集団農場)で数年生活した経験を聞いたことがある。そこでは基本子供が生まれると施設で育だて、親とは頻繁に面会するが一緒に住まないといっていた。子供は社会が育てるという考えもあり、これなら女性も楽そうだ!
世の中の価値観は時代と共に常に変わる。男女や家庭のあり方も例外ではないらしい・・・。わが家の庭で好きなススキをプランタに植え育てている。ススキの穂が微風でたなびく様子をボーっと眺めていると心が和む。(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎。冨岡伸一)
走っていた電車が減速し、スーとホームに滑り込む。ゆっくりと電車が停止すると、直ぐに待機していた駅員がホームと車両の間に板で橋をかけ、車椅子に乗った中年男性が電動式の車椅子で降りてきた。作業は数秒で完了し電車は定刻通り出発していく。そのあと車椅子に乗った人は駅員のエスコートで、ホームに設置されたエレベーターの中へ消えていった・・・。この様なサービスはいま都市近郊の鉄道会社ではごく当たり前の光景になってきてる。改札が自動になり駅員は昔のように切符の販売、回収業務から全く開放された。その結果身障者や乗客のホローなどより細かい対応が可能となった。
「まずい、検察が来た!」まだ改札が自動になる前。通勤電車の中にも時々切符の不正乗車を調べに、検察が乗り込んできて乗客の切符を調べる。定期券を持っている人などは遠くに出かけた場合には、帰りの乗車駅で安い切符を買って途中金を払わず、定期で降りてきたりするいわゆるキセル乗車が横行していたのだ。このキセル乗車は私も何回かやったことがあるが、発覚すると大変な額の違反金が請求される。そのため乗務員と乗客の間は常に監視する側とされる側で、ある種の緊張感があって鉄道会社がサービス業などという認識は、お互いにほとんどなかった。
「駅のホームから絶対に降りないで下さい!」このよな注意書きを駅で目にすることは多いが、これは今では何か物を落とした時の注意書き!ホームから飛び降り無賃で改札を通らず逃げる。こんなこと昔よく目にしたが、今では絶対に出来ない。監視カメラで見られてるうえ、ほとんどパスモなので乗車記録が残る。実によく考えられたシステムだ!ゆとりのできた駅員は親切で乗客との関係も和やか、オモテナシの雰囲気すらある・・・。自動改札を最初に考えた時には乗客が信用できずに、通る前はゲートを閉めておく方法で考えたという。するとゲートの開閉の頻度が増し多くの乗客を裁けない。乗客をもっと信用しようという発想に切り替え、開けっ放しにして問題がある時だけ閉鎖する方式にしたら、上手くいったという。
先日スーパーで買ってきた水耕栽培の豆苗を切って使い、根を再び容器に入れ水を与えたら、芽が伸びてきて御覧のような状態に!(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)