捕鯨

梅雨空を見上げ、いつも通る静かな住宅街を歩いていてふと感じた。「そうえば最近子供達のピアノを弾く音色がほとんど聞こえてこない」私の住む町も高齢化が進み子供の数が少ないのか?それとも勉強やスマホゲームなどで忙しく、ピアノなど習う余裕などないのかは分からない。ただ公文など塾の先生によると最近の親達は、塾代などの支出には以前より敏感で、よりシビアーになってきているという。我々の世代では子供達が好むと好まざるとに関わらず、ピアノを買い与え教室に通わせていた。いやがる子供をピアノの前に座らせ、なかば半強制的にバイエルなどを弾かせる親も多くいたと思う。ところが今は夫婦共稼ぎで母親が昼間自宅にいないので、じっくりと子供のピアノ練習などに付き合う暇もなくなってきているようだ。

せんじつ子供食堂の運営に関する記事を新聞で読んだ。なんでもシニアのボランティアが、自治会室などに地域の子供たちを集めて食事を提供しているという。片親などが原因で貧困家庭も多く、三度の食事もろくに取れない子供も増えているらしい。まさかこの現代にと思うが統計によれば7軒に1軒は貧困家庭だともいう。平成の長く続いたデフレ時代に日本の国力は落ち、気がついてみたらあの鯨カツや鯨のベーコンを食べていた、貧しかった我々の子供の頃に逆戻りしているのではないのか?私は個人的には鯨のベーコンは好きだったが、学校給食に出た鯨カツはいただけなかった。肉が硬くていくら噛んでも噛み切れないので、脱脂粉乳と一緒に無理に飲み込んだ記憶がある。でも鯨カツと脱脂粉乳の相性は実に良い!敗戦国の完璧な組み合わせの学校給食ともいえた。

日本政府は来るべき貧困時代を察知してか?この6月30日に国際捕鯨委員会(IWC)から脱退して、今月1日からいよいよ31年ぶりに商業捕鯨を再開することになった。これから日本国は外貨がなくなり、牛肉を輸入できなくなると庶民はまた鯨肉を食うようになる。それを見込んで今のうちから捕鯨を再開しないと、食糧不足に対処できないと考えているのか?そうだとしたら政府は先見の明があり素晴らしい。でも捕鯨には海のない国々や牛食文化の欧米からの反発が強い。しかし余り鯨が増えすぎると大量に小魚などを食い荒らし、漁業資源の枯渇にもつながる。海洋国家であるわが国は海の生態系のバランスなども考える必要もあるのだ・・・。

「鯨は知能が高く可哀そうだ!それに聖書には牛は食べてよいが、鯨の記述はない」と反対者は言う。「バカヤロウ、砂漠で書かれた聖書に鯨の記述などあるわけねえだろう!」鯨のベーコンの値下がりを待ち望む。

(勝田陶人舎・冨岡伸一)

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