沙羅

先日JR幕張本郷駅の改札を出て、バス停に向かう階段を降り立つと一人の青年がギターを抱え歌を歌っていた。いわゆるストリート・ミュージシャンである。でも聞いたことがない歌だったので、立ち止まらずにそのまま通り過ぎた。彼がもしシンガーソング・ライターで自身で歌を作曲し、世の移り変わりなどをメッセージ発信しているとしたら、それは今日における琵琶法師であり、尊いパフォーマンスであるかもしれないと思った。

鎌倉時代を生きた琵琶法師は「平家物語」などの美しい叙事詩を残している。辻に立ち琵琶を抱えて、平家の栄枯盛衰を歌い、道行く人に人生の諸行無常を説いて回る。それは求道者の立場とはいえ、なにか刹那的でロマンがある・・・。私は感覚だけで仕事にあこがれる傾向があった。学生時代のある夜、飲み屋でたまたま隣に座った若者と話をするうちに、「なりたい職業は漁師である!魚を捕って飯が喰えるなら楽しそうで良い」と口走った。すると彼の口調が突然厳しくなった。「あんたなんかに出来るわけがないよ。俺は辛い漁師の仕事がいやで鴨川の実家から、中卒で東京に出てきた・・・」

「祇園精舎の鐘の音には、諸行無常の響きがある。沙羅双樹の花の色は、栄枯必衰の道理を表す。おごれる人も長くは続かず、春の世の夢のように勢いの盛んな人も亡びてしまう。それは全く風の前のちりと同じだ・・・」これは平家物語の書き出しの口語訳であるが、韻を踏む原文の響きには感銘をおぼえる。

この文章で気になるのはお釈迦様が入滅した場所に生えていたという、沙羅双樹という名の木である。一度見てみたいとずっと思っているが、本当の紗羅の木は熱帯地方原産で日本の風土では育たないそうだ。そのかわり夏場にツバキのような白い花をつけるナツツバキが、日本では沙羅と呼ばれている。最近ではこのナツツバキを庭に植えるのが流行っているようで、以前より見かける機会も多くなった。

ストリートミュージシャンも悪くない。でもどうせなら昔の琵琶法師や西洋の吟遊詩人を目指して欲しい。流行歌などをまねて歌うだけなら、バイトに行ったほうが稼げるよ。(盆栽仕立ての山吹が白い花をつけた。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

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