ドロップ

終戦直後は食糧難と同時に庶民の衛生状態も非常に悪かった。なにしろ燃料の供給も乏しく、頻繁に湯も沸かせない。そのためまともに入浴も出来ず、どうしても不衛生になる。するとシラミなどの害虫が子供達の頭髪にたかる。シラミは接触すると伝染病のように人から人へと移っていくので、その駆除が必要になる。そこでアメリカ進駐軍がその対策のために使用したのが、DDT(ディー・ディー・ティ)という殺虫剤であった。シッカロールのような白い粉状の殺虫剤を、シラミのいる子供の頭髪に直接ふりかける。私が物心ついた時には戦後も5,6年経っていたので、DDTを振りかけられた記憶は私にはない。しかし丸い小さなボール箱に入って、パッコン、パッコンと蓋から粉を押し出す携帯用のDDTは必需品で、今のキンチョールのように何処の家庭にも常備していた。その後DDTは日本では人体に有害という事で使用禁止になっていく。

「俺も山椒太夫に捕まったらどうしよう」一瞬凍りついた。当時は5,6歳にもなると床屋へは一人で出かける。その床屋の狭い待合室には暖房用の背の高い長火鉢が一つ置かれていて、棚には何冊かの絵本が立てかけられていた。そこで順番が来るまで一冊の絵本を抜き取ってみた。でもその日は間が悪く、手に取った絵本はあの恐ろしい「安寿と厨子王」であった。ページをめくるたびに恐怖心は増幅し、最後まで読まずに本を閉じた・・・。「伸ちゃん、おいで」と声がかかり鏡の前に座ったが、頭の中は絵本の残像でいっぱいであった。当時は幼児を誘拐し、地方に売り飛ばすという噂もあったので、親からは一人で知らない場所へ行ってはだめ、「ヒトサライに連れて行かれるよ!」と釘を刺されていた。

近年もう10年位は千円床屋ですませている。私は以前から1時間もじっと座って散髪するのに、凄く抵抗を感じていた。待ち時間を入れると2時間ほどかかる散髪は、まったく無駄な時間である。年をとると髪型にも執着しないので、短髪になればとりあえずよい。今は床屋なども待合室から週刊誌などの本が消えている。皆がスマホを眺めるのでその必要も無い。まして伝染病の流行する現代では本の回し読みも、控えるようになっている。でも千円床屋では洗髪はしない。その代わり帰る時には、ペーパータオルが手渡される・・・。子供のころ通った床屋では、終わるとドロップをくれた。缶入りのドロップは小さな丸い蓋を開け、逆さにするとドロップ1個が出てくる。でも何味のドロップが出てくるかは分からない。たまたま白色のミントだとガッカリだった。

サクマ・ドロップの歴史は長い。明治41年販売開始で、戦後も昭和23年には製造再開とある。最近では殆んど目にしなくなった缶入りドロップ。あの缶にはビー玉入れに使ったり、様々な思い出が詰まっている。

(勝田陶人舎・冨岡伸一)

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