茶飲み話・アルバム

「確か昔のアルバムがタンスの奥にあったはず」と思い探してみた。自分が子供の頃の写真は全てがまだ白黒で、カメラやフィルムも貴重なので写真をとる機会もずっと少なかった。当時は学校で遠足に行くと写真屋さんも同行し、必ず記念の集合写真を撮る。今では考えられないがフラッシュとしてバリュームを焚くので、バッという音とその閃光に驚いて、目を閉じる子供もいる。そこで必ず数枚の写真を撮るが、それでもクラス50人もいると誰かが目を閉じて映った。

それから時代も下り所帯を持ち、子育ての頃になると一眼レフカメラの普及と共に写真好きの親達が増える。そして行事の度にあまりに多くの写真を撮ったので、厚いたくさんのアルバムが溜まった。今ではどこの家庭でもアルバムは収納場所に困り、押入れの奥で静かに眠っていると思う。またそのころ流行した簡単な商売の一つが、服のクリーニングとフィルム現像の代理店である。「便利だから、次回から隣に頼むか」夕方仕事から帰ると、隣のテーラーさんの店先にも富士フィルムDPEの旗が風にたなびいていた。

そして時を同じくして、画期的なカメラが登場する。その名も「使い捨てカメラ」英語でクイックスナップ。なんとフィルムとカメラが一体になっており、カメラを忘れても旅先で購入すれば、簡単に写真が撮れる優れものだ。これはたちまち大流行し、世界的にも普及していった。歩きながらソニーのウォークマンで音楽を聴き、富士フィルムの使い捨てカメラで写真をパチリ!日本が一番輝いていた時代であった。

そのご21世紀に入り携帯電話が劇的に普及していくと、いつしかカメラは携帯電話に内蔵される。すると写真撮影のデジタル化によりフィルムは不要となる。そして4Gのスマホが登場すると、デジタルカメラすら使わなくなった。映像は全てデーター化しスマホの中に納まる。その結果それまでの企業は退き、アップルに席巻された。

「これからは誰でも簡単に本を出版できますよ」という良報が先日飛び込んできた。出版社などに原稿を持ち込み本にするには、それなりの時間とコストがかかる。しかしタブレットで読むキンドル版で本をネットに上げれば、殆んどコストが掛らずダイレクトに世界中の読者に届く。これならすべての人に作家のチャンスが巡ってくる。でもこれにより、また多くの職業が消えていく。出版社、印刷会社、製本所、流通会社、本屋など・・・。

(デジタル社会における陶芸とは?一杯飲みながら考えてみよう。勝田陶人舎・冨岡伸一)

 

 

 

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