豆苗

走っていた電車が減速し、スーとホームに滑り込む。ゆっくりと電車が停止すると、直ぐに待機していた駅員がホームと車両の間に板で橋をかけ、車椅子に乗った中年男性が電動式の車椅子で降りてきた。作業は数秒で完了し電車は定刻通り出発していく。そのあと車椅子に乗った人は駅員のエスコートで、ホームに設置されたエレベーターの中へ消えていった・・・。この様なサービスはいま都市近郊の鉄道会社ではごく当たり前の光景になってきてる。改札が自動になり駅員は昔のように切符の販売、回収業務から全く開放された。その結果身障者や乗客のホローなどより細かい対応が可能となった。

「まずい、検察が来た!」まだ改札が自動になる前。通勤電車の中にも時々切符の不正乗車を調べに、検察が乗り込んできて乗客の切符を調べる。定期券を持っている人などは遠くに出かけた場合には、帰りの乗車駅で安い切符を買って途中金を払わず、定期で降りてきたりするいわゆるキセル乗車が横行していたのだ。このキセル乗車は私も何回かやったことがあるが、発覚すると大変な額の違反金が請求される。そのため乗務員と乗客の間は常に監視する側とされる側で、ある種の緊張感があって鉄道会社がサービス業などという認識は、お互いにほとんどなかった。

「駅のホームから絶対に降りないで下さい!」このよな注意書きを駅で目にすることは多いが、これは今では何か物を落とした時の注意書き!ホームから飛び降り無賃で改札を通らず逃げる。こんなこと昔よく目にしたが、今では絶対に出来ない。監視カメラで見られてるうえ、ほとんどパスモなので乗車記録が残る。実によく考えられたシステムだ!ゆとりのできた駅員は親切で乗客との関係も和やか、オモテナシの雰囲気すらある・・・。自動改札を最初に考えた時には乗客が信用できずに、通る前はゲートを閉めておく方法で考えたという。するとゲートの開閉の頻度が増し多くの乗客を裁けない。乗客をもっと信用しようという発想に切り替え、開けっ放しにして問題がある時だけ閉鎖する方式にしたら、上手くいったという。

先日スーパーで買ってきた水耕栽培の豆苗を切って使い、根を再び容器に入れ水を与えたら、芽が伸びてきて御覧のような状態に!(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)

サマータイム

この夏二年後の真夏の東京オリンピックに向けて、国会でサマータイムの導入が議論されていた。ところが先にサマータイムを導入しているイギリスを始めヨーロッパ諸国では、逆にサマータイムの廃止を訴える人々が80パーセントもいるらしい。日照時間の長い夏場だけ時計の針を一時間長くすることは、確かに節電効果など一部メリットもあると思う。しかしこれは頭で効率だけを考えるほど簡単なことではない!我々のように歳を重ねるとだんだん朝型になり、早く起きるので一時間時計の針を早めることなどなんの支障も無い。ところが若い人たちにとっては大変なことだと思う。日本でも戦後一時期サマータイムが導入されたが3年で廃止になった。

「ああ、いけねえ今日からサマータイムだったよなあ!」と気づいたがもう手遅れだ。イタリアで語学学校に通っていた時に、いつものように朝7時に目覚まし時計の鳴る音で起こされた。ところがその日は4月X日からのサマータイム導入の日だった。だが1時間早く目覚まし時計をセットし忘れたので、もうすでに実際には8時!今から起きて学校に行ってもどうせ遅刻だからと、その日は休むことにした。ところが翌日に目覚ましを一時間早くするが、どうしても起きられない。結局それがきっかけで学校は休みがちになり、慣れるまで10日ほどかかった経験がある。何しろ若い時は長く寝ていられる。今考えてみるとなぜあんなに長時間続けて寝ることが出来たのか不思議なくらいだ。

「もう俺、学校にいきたくねえ!」私もそうだったが、全ての子どもや若い人が学校や会社が好きなわけではない。中途半端で上手く適用できない子もたくさんいると思う。イヤイヤ学校に通っている子供たちもいるなか、サマータイムの導入をきっかけに、登校拒否のきっかけになるのではと憂慮する。日本の7月の暑い盛り、まだ涼しい早朝や陽の長い夕方に競技を行い、選手に負担をかけずに東京オリンピックをつつがなく成功させたいという、主催者の気持ちも分かる。でもすごく微妙な立場で学校に通っている子供たちもいるのだ。早起きが苦にならない熟年達の議論だけで勝手に決めると、それに対応できない子供が多く出る可能性もある。

サマータイムも終わり冬時間になった。目覚めの悪い朝はこの湯飲みで、濃い目の粉茶を飲む!(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)

陶芸

最近器を作っていて、自分自身の思考や手が邪魔になると感じる事が度々ある。理想の形にしようと思考しながら手を動かしていると、ある所からどうしても通常のバランスへと、無意識に整形されていくのである。「こんな物AIロボットでも作れるよなあ!」と思いロクロの回転を止めた。人間が頭で計算し考えて作ったような物ではだめだ!「自らの思考の及ばない無作為な器が出来ないものかなあ」たとえば風が吹いて砂塵が舞い後に残る風紋、雨にたたかれ削られる岩肌、波が寄せては返す海辺に転がる石。いやもっと激しく火口から噴出すマグマが固まった溶岩でもよい。しかし課題なのは自然の営みが作り出す造形を、作品になかなか投影出来ないということである。

すると自らの意識と結びついた手は邪魔になる。上手く作りたいと思う気持ちもいらない。理想的には自分の手は天界のインスピレーションや偶発性とリンクされるべきで、それによって出来上がる作品は、当然自らの意識さえ及ばない世界から出てきたという感触である。それは自分で作ったが私の作品ではない。これからAI時代の到来では、潜在意識からの幻想が作りだす作品ならプロムラミング出来ないので、AIロボットにも勝てる!などと冗談に思いながら、一度仕上がった作品を壊したり、落としたり、叩いたり、乱暴に削ってみたりと出来るだけ、自己意思の管理から離れる器作りに思いをめぐらす。当然釉薬のかけ方も偶発的なバランスなどを狙う。

「ええ、こんな物まで正確に作れるのか?」数年前に立体コピー機が登場すると、私は手仕事の将来に不安を抱くようになった。各分野での職人達の知らぬ間にどんどんロボテクの技術は進んでいる。綺麗に正確に物を作ることなど今やロボットの方が早くて上手である。次第に手仕事もなくなるというが、中には手仕事の好きな人もいる。産業革命以降、内燃機関の進歩により人は肉体労働から徐々に解放されてくると、ただエネルギーを消費するスポーツが盛んになった。そして第4次産業革命と言われる人工知能とロボテクにより、多くの手仕事からも開放されるらしい。仕事は優秀な一部の人間とAIやロボットがやるから、一般人は邪魔だからただ遊んでれば良いというのだが?

未来を夢想しながら日々生活するのは楽しい。70年でこれだけ世の中が変わったのだから、加速度的に進む30年後が見てみたい!このブログも書き始めて早や1年、大分書き溜めたので今後は週2,3回のペースにします。(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)

コーンフレーク

蝉の声も消え秋本番になると、コオロギなどのバッタ類の出番だ。夜テレビなどを見ず静かにボンヤリとしていれば、虫の声も聞こえてくるはずだが最近では自宅周辺も庭木なども減ったのか、余り聞いたことがない・・・。昔は虫篭にキリギリス、マツムシ、鈴虫などを飼い、その虫の音を楽しむ人も多くいた。昭和の時代までは鈴虫を育てる人もいて、何匹か貰ったこともある。静かにその虫の音を聞いて季節のうつろいなどを感じていたが、最近では虫を飼う人など聞いたこともない。我々の子供の頃はキリギリスは縁日でも売っていて、父親が虫の音が好きで買って帰ったこともあった。当時はラジオを止めて、秋の夜長を虫の音を聞いて静かに過ごす、平安時代から続く風流心もまだ残っていた。

「チン、チロリン、ピッピ、ポー!」などと新種の虫の音と思いきや、これが全部スマホの呼び出し音だ。知らないうちに耳を澄まして聞くのは虫の音から、電子音へとすり替わった。今はどこにいてもその電子音に注目する意識がどこかにある。車内でも近くで自分と同じ着信音がなると、「あ、俺じゃないのか?」思わずバックの中のスマホを探り着信ボタンの点滅などを確認する。もう今やほとんどすべての人がスマホ依存症だ!あまりスマホの操作が得意でない私でさえ電話、メール、ライン、フェースブック、ネットのブログ・チェックと頻繁にスマホをいじっている。子供ですらオモチャの携帯電話から、今は本物のスマホを操る。

そうだ!子供のころ糸電話というものが流行ったことがある。(これを知っている人は、もうかなりのオールドヒューマンである)トイレットペーパーの芯のような丸くしたボール紙に、パラフィン紙を貼り付け真ん中に糸を通す。その二つを繋ぐ糸をピンと張ると、お互いの声が聞こえるというのだが何度試しても、ほとんど直接の声しか聞こえなかった。5歳でもスマホを操る孫に、この手作り玩具を与えても、たぶん何の関心も示さないだろう?そういえば最近は電話ボックスもほとんど撤去されて見かけない。公衆電話でさえ最後にかけたのは、いったい何時だったかの記憶も薄れている。自宅に固定電話を置かない若い世帯も多い。自宅の電話などほとんど不要!かかって来るのはセールスとオレオレ詐欺への誘いくらいだ。

先日の台風で私の住む市川市東菅野1丁目は久しぶりに朝6時間の停電をした。電気が使えないので朝食はこコーンフレークを食べた。(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)

鯖の味噌煮

日本が情報化社会といわれてから既に久しい。かつて情報はほとんどがマスメディアといわれる新聞、雑誌やラジオ、テレビで入手していたが、20年ほど前からはパソコンによるインターネットがそこに加わる。そしてスマホが新たに登場すると、このスマホでのインターネット利用が可能になり個人の情報収集は劇的に変化した。今や世界中の多くの人々が会社や組織とスマホで繋がっていて、世の中の情報のほとんど全てがスマホの利用で瞬時に取れる。そしてSNSの登場はインタラクティブ(双方向)のより綿密な対話などが、国や民族を超えて飛び交い、誰とでも友だちになれる環境が整えられた。

「アップルペン、パイナップルペン・・・!」でおなじみのピコタローさんはSNSに動画を配信したら、あの世界的なミュージシャン、ジャスティン・ビーバーの眼に留まった。チョウ面白いと彼がツイッターで紹介したのがきっかけに、海外で注目され短期間に世界中でブレイクした。あのトランプ大統領のお孫さんまでが、アップルペンを真似する映像が流れて注目された。今ではマスメディアを介さず全く無名の一個人が、突然世界中の人気者になる可能性もあるのだなあと、つくずく時代の変化に驚いた。「ネットって凄い!」取材を受けていたピコタローさんの弁である。

私が小学生の低学年の頃まで、わが家では食事は畳の上に丸いちゃぶ台を置き、車座に正座をして食事を取っていた。その時にちゃぶ台に肘を突いたり、行儀が悪いと父親の平手が飛ぶ!皆父親の前ではある程度緊張しながら食事を取っていた。当時は父親が情報源で子供達はその話に耳を傾けた。「朝鮮がとりあえず停戦したそうだ!」なんて理解できないが、その頃は父親が情報の中心にいた。それがテレビが普及してくると父親の席にテレビが鎮座し、ちゃぶ台からテーブルの椅子席に変わる。すると食事をしながらテレビに注目し、だれも父親の話をまともに聞いてない。これは家庭の情報源が父親からテレビという、マスメディアにすり替わった瞬間でもある。そして父親の威厳は情報発信の多様化と共に徐々に失墜していった。

魚嫌いだった父親が唯一好きだったのが鯖の味噌!ちゃぶ台を囲んで食事した記憶がよみがえる。(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎・冨岡伸一)

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