
茶飲み話・イトオカシ
イトオカシとは清少納言の枕草子で多用された言葉で一言でいうと「とても趣深い」という意味である。でも趣深いとはいったいどのような状態であるのかの説明も非常に難しい。なんとなく感覚では分かるが個々人の感性も異なるので、受け取る側によって答えは一律ではない。でもこのような曖昧模糊とした感性こそが日本人の美意識の根底に潜む、他国にはない価値観ではないのかと思う。
日本人は欧米人と違い論理的でないと言われてきた。「イエス、ノウ」もはっきり言わずに、何を考えているのか分かりにくいとされた。ディベートも嫌いで「白黒つけない」でなるたけ摩擦を避ける文化だ。これは古来から続く日本の宗教である神道が、聖書や仏典のような明確な教義を持たないことに起因している。八百万の神はあらゆるところに存在し、神ともインスピレーションや感性で対話する。イスラム教のようにコーランで強く日常を縛られることもない。
私はこれからのAI時代にはこのような日本人のあいまいさが注目されると思う。AIはデーターの集積で機能しているので、計算は得意だが人間の持つ感性のような指数化されない曖昧さは苦手だと思う。そのためこれからのテクノロジーの時代に最後まで残る職種は個々人の持つ感性や創造性にゆだねる仕事だと思う。いくらAIの計算速度が増しても人の思考のヒラメキの世界までは、当分入り込めないのではないかと思っている。
人は何のために生きるのか?あるいは人生と何か?などという哲学的な問いに、これからは全ての人が向き合う時代になると思う。今までのように学校を卒業し、何となく企業に就職するというような単純な路線は消えるので、自分の人生の意味や目的を明確に持つ必要が出てくる。もし仕事がしたくなければ一日中テレビでも別に問題はないので、人は好きに生きればよいのだ!政府がユニバーサルベーシックインカムという新たな生活保護で生活は保障される。
青春時代の私は人が生きる意味を常に考えていた!読書をし悶々とした日々を送った。そして出した結論が人は元来自由で社会通念などによって縛られる必要など全くないという思考だ!AIロボットにより使役労働から解放される人間は、やっと手に入れた自由を楽しめるどうかだ、定年退職をし毎日やることがないと愚痴を漏らすようでは人生は既に終焉している。(人は考える葦であると!パスカルは言った。認知症予防に時代について行く努力が必要だと思う。勝田陶人舎・冨岡伸一)
