最近AI技術の劇的な進化により、今後消える職業と生き残る職業と言う話題が人々の関心を集めている。すでに始まっている一般事務職やスーパーなどのレジ打ち業務からの人員削減はおろか、将来有望な職業とされていたプロミラミングや一部オペレーターの仕事までAIに代替されてきている。そのため特に若い人たちは、これから何の職業に就くかは人生を左右する大問題である。今人気のある職種でも10年後には存在してないかもしれないのだ。
すると残る職種はAIに指令を出すほど頭脳明晰な一部のデジタルエリートか、昔からある特殊なスキルを伴うアナログ職業になる。アメリカなどでは既にブルーワーカーである配管工の給料が、一流大卒のAI職種を上回る事例すら報告されている。これからの職業選択の基準はロボットやAIに代替されるかどうかが、重要なカギになっていく。なにしろテクノロジーの進化は指数関数的に加速しているので、数年後の未来さえ予測不可能になってきた。
ひるがえって私の現在の職業である陶芸を考えてみると、磁器のような白く整った焼き物はロボットで代替できると思う。しかし日本の伝統的な焼き物である抹茶碗などはどうだろう。一つ一つ時間をかけて手で削り、ユガミや凹凸を意識的に作っていく、しかしそこに作為など感じればアウト。あくまでいかに自然の風景が投影されているかが肝になる。そのため人間でもこの感性はなかなか理解できるものではない。
そしてもっと難しいのが釉薬の表情である。いかに自分で思いを巡らし釉薬をかけてもその通りになる事はない。特に還元焼成では毎回色が微妙に変わる。そのため同じものが出来上がることなど決してないのだ。だからこのカオス複雑系が面白い、もしこれで生計を立てれば焼成窯にオミキ徳利を置き、神頼みをする気持ちもよくわかる。でも私は現在ではその境地には至っていない。まだその手前でいろいろ改善余地もある。
人類はいよいよAIロボットとの知恵比べが始まる。私が「詫び寂び」の概念で作る抹茶碗に魅かれたのは彼らには、決して到達できない世界であると考えているからだ。人間にとって最後に残された領域は「感性」の世界であると私は思っている。彼らは計算は得意だが感性はまだ当分表現出来ないと思う・・・?(感性を軸に漠とした捉えどころない美意識に基づいた抹茶碗作り、げにもイトオカシの世界である。勝田陶人舎・冨岡伸一)
