海軍カレー

いよいよ待ちに待った外環道が近日中に開通する!市川市の中央をほぼ南北に貫く、この道路は計画されてから半世紀近く経過する。日本が高度成長期に入ると車の台数が急激に増え、先に開通していた環七通りは渋滞による排気ガス公害と騒音が大問題となる。この状況を見た市川市民の多くが外環道の建設に大反対の声を上げた。これを受けて市長初め行政も反対に回り、この道路建設は事実上凍結されてしまう。しかし市川市の道路計画は外環道を中心に立案されており、他の道路計画も全く進まず、長い間市民は交通渋滞に悩ませられることになる。

「はい、おみやげ!」出かけていた女房がカレー好きの私に、海軍カレーのレトルトパックを手渡した。「横須賀に行ったのか?」私の問いかけに、「いや外環道の開通に先立って新しく開通した、道の駅で買った」という。なんで市川市の産物を紹介する道の駅に、横須賀の海軍カレーが売られているのか?良く分からないがカレー好きなので理屈抜き喜んで受け取る。いま道の駅はどこも大人気で、主な幹線道路沿いにはあちこちに道の駅が新設されている。トイレや休憩場もあり、ドライブインとして重宝されている。千葉県の道路事情はむかしは劣悪だった。主な幹線道路でも住宅地を離れるとどこも砂利道でボコボコ。ガラスや釘なども落ちていた。

「お姉さん!どうしたの?」トラックが止まり運転手が車から降りてくる。[パンクかあ、どれどれ貸してみな!」と工具を取り出し車の下を覗き込む、ジャッキを充て車輪を上げると、すばやくタイヤを交換してくれた。姉が礼を言うと、汚れた手をテヌグイで拭きながら笑顔で立ち去った。昭和35年頃まだ女性のドライバーは非常に珍しかった。女性でいち早く免許を取った長女は小さなスバルを運転していたが、道路はほとんどがまだ未舗装でよくパンクする。同乗者の私は子供なので車の事は分からない。でも姉は「パンクは直しは男の仕事でしょう!」と平然としていたのだ。

今の時代でも女性が幹線道路でパンクした車の横に立ったら、男が車を止め直してくれるのか?それ以前に今の車のタイヤはチューブレスで、パンクしてもある程度走れます。

(千葉県八千代市勝田台、勝田陶人舎)

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